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2005年3月27日

クマ殺しはいけない?

 童話作家の寮美千子さんが、3月26日の『産経新聞』にアイヌ民族の「イオマンテ」の儀式について興味ある話を書いていた。

 イオマンテとは、アイヌが山から生け捕りにしてきた子グマを育て、1~2年後に殺して食べるときの祭だ。人々は子グマを取り囲んで矢を放ち、2本の丸太で首を挟んで息の根を止めるのだそうだ。「残酷だ」という理由で今ではほとんど行われなくなっているらしい。寮さんが取材したアイヌの古老たちは、口々に子グマの愛らしさ、一緒に暮らした日々の楽しさを語り、その子グマとの“別離”のつらさを、目に涙さえ浮かべて語ったという。

 それなのに、なぜ残酷な儀式を? 寮さんの解釈--
「確かに、わが子同然に育てた子熊を殺すことはつらい。けれども、だからこそ人はその命の重さを実感する。ひと切れの肉が、どのような犠牲の上にここにあるのかを、嫌というほど思い知らされる。イオマンテとは、それを共同体で確認するための儀礼ではないのか」

 これを読んで、私は鎌田慧著の『ドキュメント屠場』(岩波新書)を思い出した。現代の食肉工場で働く人の生き様を描いた本で、屠殺を業とする人々の数々の思いが噴き出ている。30代の青年の発言にこういうのがある--「男の連中は、(解体)を実際みてみたい、といったりしますが、……女性で、やっぱり気持ちがわるい、といったりします。なんで、気持ちわるいっていうんですか、魚にしても、鳥にしても、生き物を殺すというのは、どれもいっしょとちがうか、とぼくらはいうんです。だけど、ものが大きいですから、牛や豚は。それで頭の中で想像して、気持ちわるい、という言葉が先にでるみたいです。だけど、みんなそれを食べているんやで、ぼくらがした仕事やから、あんたら肉を食えているんやで、輸入すればいいいうても、その仕事をした人間がだれかおるんやで、とよくいうんです」

 この「気持悪い」とか「残酷だ」と感じることが重要ではないだろうか? 現代社会は分業と専門化が徹底しているから、我々は鳥をしめたり、豚を殴り殺したり、ましてや牛を手にかけるなどということは、その筋の専門家でない限り一生することがないし、見ることもないかもしれない。だから、そういう動物を殺すときに起こる人間の心の中の激しい葛藤を知らない。この「知らない」ということがクセモノだ。一見して、自分が屠殺をしないことは善いことのように思うが、屠殺の現場を知っている人と、まったく知らない人は、一体どちらが動物に共感を覚えるだろうか? どちらが「肉を食う」行為に罪の意識を感じるだろうか? どちらが動物たちに感謝の思いをもつだろうか? どちらが食物を無駄にしないだろうか?

 現代人から現実感--生きる実感--が失われつつある原因は、こんな所にもある。今の子供は、ハムやソーセージが何から作られているかよく知らない。フライド・チキンがどうやって作られるか、ハンバーガーの中身が何かもよく知らない。鳥、豚、牛のどの部分が何に使われているのか知らない。残酷な部分はすべて隠し、一部の専門家に全部やらせて「自分に罪はない」と言うのは間違いだ。現代の我々の生活は、おびただしい数の生物の犠牲の上に成り立っている。それを実感すればこそ「抑制しよう」という気持になり、生命の連鎖を知って「同じ生命を貴ぶ」という謙虚な態度が生まれ、無駄遣いを避けようとするのだと思う。

 そう考えると、アイヌのクマ殺しの儀式は、我々人間に生の現実を教え、動物に感謝させ、欲望を抑制するための英知の表れであるように思う。

谷口 雅宣

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コメント

はじめまして、寮美千子です。産経新聞の記事、ご感想をいただきありがとうございます。わたし自身、イオマンテの風習をはじめて知ったときにはショックを受け、驚きと疑問でいっぱいになりました。単に机の上の知識としてではなく、実際にアイヌの古老たちの話を聞いて、はじめてそこに流れる深い心を実感できたように思います。

自然の恵みのなかで生きてきたアイヌの人々の暮らしには、学ぶべき事が実にたくさんあります。5月5日の「自然の余力」でお書きになっていらっしゃるタラの芽などの山菜のことも、アイヌの人々は「採り尽くさず、来年のためにとっておく」ことを教えとしていました。

そんなアイヌの人々の心を少しでも伝えらればと、絵本を作りました。物語には、知識だけでは得られない何かを伝える力があると思ったからです。物語の最後にある「これといってほしいものもなく、たべたいものもないというほど、なにもかもがみちたり、しあわせにくらしたということだ」という結びの言葉は、アイヌの昔話の常套句。足るを知る、という心の現われです。

ぜひ絵本でイオマンテの物語を読んでいただきたく、勝手ながらお送りさせていただきました。ご高覧いただければ幸いです。ではまた!

投稿: 寮美千子 | 2005年5月20日 15:04

寮 美千子さん、

 ていねいなコメント、ありがとうございます。

 また、貴重なご本を寄贈くださり、感謝申し上げます。それらにつき、5月21日の本欄に少し書きました。

投稿: 谷口 | 2005年5月21日 17:45

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