2009年7月 9日

ジャーマン・カモミール

Kamomile  今日は、休日を利用してスケッチをした。ジャーマン・カモミールというハーブの一種で、ヒマワリとタンポポを合わせたような黄色い花の愛らしさが好きだ。長い茎の先に花が咲いた様子が、何となくおどけた感じでユーモラスに見える。普通のカモミールの花は白い花弁をもつが、ジャーマン・カモミールは黄色だ。この花をお茶にして飲むカモミール・ティーは、香りがよくておいしい。
 
 曲線の多い植物と対照させるために、手元にあった電卓を一緒に描いた。こちらの色は実物はベージュだったが、黄色の反対色である青に変えてみた。カモミールの葉は細長くて見栄えが貧弱ないので、スペアミントの葉を描き込んだ。バックの橙色は、テーブルの色を前面に敷いたもの。

Kamomile2  タブレットPCに直接手描きしたのだが、それを“印象派”風にソフトウエアで加工したものも添える。
 
 谷口 雅宣

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2009年7月 7日

アメリカ伝道本部が太陽光発電を導入

 前回は、生長の家総本山の“炭素ゼロ”達成をお伝えしたが、生長の家の温暖化抑制努力は海外でも展開されている。米カリフォルニア州ガーデナ市にあるアメリカ合衆国伝道本部は、昨年10月から太陽光発電装置の設置を検討してきたが、今年6月末には、同Ushqsolarsys 市による設置審査が行われ、南カリフォルニア・エディソン社によるソーラパネルの設置も終り、あとは発電メーターの取り付けを待つばかりとなった。勅使川原淑子・アメリカ教化総長が同伝道本部の屋根に設置されたシステムの写真を送ってくださったが、発電容量や、同伝道本部の電気使用量との比較などの細かい数字は分からない。設置費用は約8万ドル(770万円)で、これによって同伝道本部の事務局サイドの電気使用量(月約2千kWh)をほぼまかなうことができるそうだ。

 勅使川原総長によると、同本部の近隣には太陽光パネルを設置している会社や民家は見当たらず、生長の家のような非営利団体(宗教を含む)が太陽光パネルを設置することは珍しいこともあって、同市や州からの設置許可を得るのに予想以上の時間がかかったという。また、伝道本部を訪れる信徒はもちろん、信徒以外の人々への環境意識の啓発にもつながっていて、幹部の間に喜びが広がりつつあるという。同教化総長は、「車社会のカリフォルニアですが、伝道本部の建物が2階建てですので、道行く車からも目にもふれやすい位置にパネルが設置されており、日ごとに多くの人々に影響を及ぼすものと期待しています」と言っている。

 カリフォルニア州は“日照州”(sunshine State)という異名もあるくらいだから、日照時間も長く、よく乾燥するので野火や山火事が多いのが心配なほどだ。この太陽光発電導入をきっかけにして、「自然と共に伸びる」という言葉の通りにアメリカでの運動が飛躍的に発展することを期待したい。今回の装置導入を決定した同国の幹部・信徒の方々の熱意と、“炭素ゼロ”運動へのご協力に心から感謝申し上げます。

 谷口 雅宣

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2009年7月 6日

生長の家総本山で“炭素ゼロ”を実現

 本欄の一部の読者にはすでに旧聞に属することかもしれないが、長崎県西海市にある生長の家総本山は、昨年度において“炭素ゼロ”を達成した。“炭素ゼロ”とは「カーボン・ニュートラル」とも言われ、ある事業所におけるすべての活動から、実質的に二酸化炭素が「ゼロ=排出されない」ということである。これが達成されれば、その事業所は地球温暖化に加担しないで業務を継続することができると見なされる。生長の家では、教団全体の活動を“炭素ゼロ”にすることを目標にして運動を進めているが、ひと足先に総本山が単独で、その目標を達成したことになる。
 
 この話は、4月の初めに同本山の菅原孝文総務(当時)からメールで報告を受けていたのだが、各種の事情で本欄で取り上げることができなかった。また、同総務のメールの文面が“遠慮がち”だったことにも原因がある。その事情を説明すれば、今回の同本山の“炭素ゼロ”達成には、当地で行われる団体参拝練成会に参加する全国の幹部・信徒の皆さんが、いわゆる「炭素ゼロ旅行」を率先して実行してくださったことが大きく寄与しているからだ。もちろん、同本山での省エネ努力も継続されているが、それによるCO2排出削減量よりも、「炭素ゼロ旅行」の採用による削減量がはるかに大きかった。そういう意味で、本欄の読者の皆さんの御協力に、この場を借りて篤く御礼申し上げます。ありがとうございました。
 
Souhonzancn5  具体的な数字を示せば、昨年度の同本山のCO2排出総量は111万1,652kgで、うち事業所からの排出分は59万601kg、団参参加者等の移動による排出分は52万1,051kgだった。これに対し、同本山の森林が吸収するCO2の量は117万8,528kgだから、吸収量が排出量を6万6,876kg上回ったことになる。これにより、同本山の活動が、微量ではあるが、大気中のCO2の総量を減らしたことになる。ちなみに、団参参加者等の移動によるCO2排出量は、平成18年度は約120万kgだったが、19年度には約94万kgに減り、昨年度は52万kgになったから、3年間で半分以下に減ったことになる。一方、事業所からの排出分も減少し続けており、平成18年度は約70万kgだったのが、19年度は61万kg、20年度は59万kgだった。同本山では、「今後、森林の適正な育成と事業所からのCO2排出量のさらなる削減、灯油に代わる代替燃料などの活用で、地球温暖化防止に貢献してまいります」と言っている。
 
 総本山の場合は、約80万坪もある森林が温室効果ガスを吸収してくれるため、“炭素ゼロ”が比較的容易に達成できた。しかし、東京の本部会館の事務所となると吸収量はほとんどゼロだから、排出権購入や植林等の別の手段で“炭素ゼロ”を達成しなければならない。各地の教化部でも、事情はあまり変わらないに違いない。
 
 
 谷口 雅宣

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2009年7月 5日

室蘭にて

 今日は室蘭市文化センターと苫小牧市民会館の2会場を使って、室蘭教区での生長の家講習会が開催された。室蘭地方は朝から霧がかかっていたが、雨は降らず、講習会終了時には青空が輝く好天になっていた。両会場で合計2,289人の人々が受講してくださった。前回より大幅に減少したのは残念だが、一日和やかな雰囲気で講習会が行われたことは誠にありがたかった。熱意をもって推進活動を展開してくださった教区幹部の皆さまには、この場を借りて心から御礼申し上げます。
 
 前日の夕方、妻と2人で室蘭市内を散策した。同じ教区の苫小牧市では人口は増えているそうだが、ここは人口減少なのか、宿舎付近の商店街は相変わらずの“シャッター通り”だった。が、大型ショッピングセンターまで足を延ばすと、結構人々が集まっていて、にぎわいを見せている。そこで少し驚いたのは、センター内にパチンコ店ができていたのはまだいいが、隣接して保育所がある。「なぜ?」と思ったが、妻がすぐに回答を教えてくれた。小さい子供のいる若い奥さんたちが、心おきなくパチンコやスロットマシンを使えるようにという店側の“配慮”だろう、というのだ。

Murobento  が、ここにも良い点はある。それは新鮮な食材が豊富に、しかも安価にあることだ。ものの値段に詳しい妻の言うことには、東京の値段の半分ぐらいだそうだ。例えば弁当では、冷やし中華が150円、とんかつ弁当は280円、ハンバーグ弁当、チキンカツ弁当は398円……など。妻は、地元産の採れたてのホワイト・アスパラが安い(168円)と言って購入した。私はそれを絵封筒に描いて、午後の講話の時間に皆さんにご披露した。
 
Chikyumis2  講習会後には、地球岬に立ち寄った。広大な海が展望できるため「地球が丸いことが分かる」という意味の名前だそうだが、あいにく霧が出ていて海は見えず、その代り、雲の上に浮かんだような幻想的な雰囲気を楽しむことができた。自然の変化を肌で直接感じることができるのは、ありがたいことである。
 
 谷口 雅宣

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2009年7月 3日

7月2日の「産経抄」

 6月30日の本欄で、自民党政府の長年の重要政策とされてきた「非核3原則」なるものが、実は「2原則」に過ぎなかったとの新聞各紙の報道を取り上げ、「ウソをつくのはもうやめよう」と書いたが、2日の『産経新聞』は、国家の機密保護のためにはウソもやむを得ないし、「正義は国を滅ぼす」と「産経抄」で述べている。まさか本欄に向かっての発言ではないだろうが、ジャーナリズムに籍を置いたものとしては看過できないので、ひと言述べさせていただく。
 
 外交に機密事項があるのは当り前、と私は書いた。しかし、そのことと、政府が「機密事項はない」と国民に向かってウソをつき続けることとは、まったく性質が違う。今回の問題は、元外務次官が「核持ち込みの密約があった」と認めたこと自体がニュースなのではなく、(これは私の考えだが)現在の内閣官房長官が「密約はないというのが歴代の政府の立場なので、ないというほか仕方がない」などと、バカなウソをつき続けていることなのだ。しかし、「産経抄」はこう書くのだーー
 
▼密約の存在を否定する政府を、「嘘つき」と非難するのはたやすい。しかし、国家の安全保障に関するやむを得ない機密は、どこの国にも存在する。それを一切認めないという姿勢は、山本(夏彦)の代表的な名言につながる。「正義は国を滅ぼす」▼

 何か支離滅裂な論理のように、私には感じられる。自民党政府は、1967年12月に「非核3原則」を方針として発表し、それを“堅持”するのが日本の外交政策だ、と今日まで言い続けているのだ。冷戦時代においては、日本は国家防衛の基本戦略として「アメリカの核の傘に依存する」との方針を掲げ、国民の大半もそれを支持していた。が、冷戦後の現在は、ソ連の後継国であるロシアや、中国の持つ核兵器よりも、北朝鮮やその他のテロ集団がもつ核兵器の方が日本の安全にとってより大きな脅威なのである。そういう大きな時代の変化、国際情勢の変化の中で、大方の専門家がウソだと分かっている「非核3原則」なるものを堅持し続けることは政治家として「愚か」であると同時に、国民に対して「不誠実」であり、「国益」にも反する、と私は思う。
 
 また、上に「産経抄」から引用したような言葉は、政府の高官の発言ならいい。なぜなら、この文は事実上、「核の持ち込みがあるかどうかは機密事項である」と言っているのだから、「機密事項はある」ことを認めているのだ。しかし、官房長官は今回も「機密(密約)はない」と発言し、ウソを重ねた。この場合、「機密がある」というのが真実であり、「機密はない」というのはウソである。これらのことを全く問題にしないで「取るに足らない出来事」と評価するのは、ジャーナリズムとしての役割を忘却した態度ではないだろうか。歴代の政府が採用してきた外交方針を、単に「外交には機密がある」という理由だけで擁護し続けることがジャーナリズムの使命ではあるまい。

 外交や国際政治には、国民の目から一時的に隠さなければならないことはある。が、30年もの間隠すことがあってはならない。そういう隠蔽体質の権力が長く政権の座にあるときに、「真実を言え」というのがジャーナリストであり、言わないときには自ら危険を冒してでも「真実を報道する」のがジャーナリストである。28年前、私にそれを教えてくれた『産経新聞』が、今日まるで“御用新聞”のようなことを書くのが悲しくてならない。
 
 谷口 雅宣

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2009年7月 1日

映画『人生に乾杯!』

 我々夫婦にとって週末の今日、銀座まで足を延ばしてハンガリー映画『人生に乾杯!』を見た。私としては、特に前評判を聞いていたわけではなく、予告編を見て「老夫婦が銀行強盗をする奇妙な映画」という印象をもっていただけだが、妻がどこかで評判を聞いて所望した。1967年のアメリカ映画に『俺たちに明日はない』というのがあったが、それと似たような内容かとも思ったが、似たようでいて違うし、違うようでいて似ていた。このアメリカ映画は、1930年代に実在したボニーとクライドという若い男女2人組の強盗が、強盗旅行をする話だ。だから、「明日はない」という捨て鉢の言い方がピッタリくる。しかし、ハンガリー映画の主人公2人は老夫婦で、すでに人生の大半を生きたすえでの強盗旅行である。その映画の邦題を「人生に乾杯!」(原題は Konyec=終り)としたのは、私には何か「やりすぎ」と感じた。
 
 が、その大きな理由は、この映画が作られたハンガリーという国の事情をよく知らなかったためだ。知ってみると、「そういう翻訳もあるかもしれない」と半ば納得する。この作品を見る読者は、映画の背景を知っていた方がいいと思うので、少し説明しよう。
 
 1950年代後半が、この映画の出だしのシーンである。東西冷戦のまっただ中のハンガリーは、ソ連圏に編入されている。法政大学の南塚信吾教授がこの作品のプログラムに解説文を書いているが、それによると、社会主義の制度下では、最後の20年間の給料に応じて年金生活者の生活は保証されていた。当時は、平均賃金とほぼ同額の年金がもらえたという。ところが、1989年の東欧革命で資本主義の考え方が導入されると、物価上昇が始まり、年金生活は苦しくなってくる。1996年からは年金制度が市場化されて、若い勤労者は私的年金基金に加入することになるが、老人にはこれが適用されないので、高齢者の年金は年ごとに相対的に減価することになる。例えば、2000年ごろの平均賃金は15万フォリントだったが、高齢の年金生活者が受け取る額は4~5万フォリントしかなかったという。こうなると、高齢者を生活苦が襲い、公営のアパートの家賃も払えなくなる人が続出する。戦後の厳しい時代を懸命に生きてきた彼らは、自分たちの責任でない“制度改革”によって貧困に陥ることになる。これに輪をかけたのが、西欧諸国から流入する先進国資本による東欧経済の支配である。これらは、“無慈悲で野蛮な資本主義”として東欧の人々の目に映るようになる。だから、「反体制のために立ち上がった老夫婦」というイメージが主人公の2人には付されている。
 
 このことを知ってみると、この作品の強盗旅行は反社会的ではなく、反グローバリズム・反西欧資本的な“人間性回復”のための大冒険とも解釈でき、それを敢行した老夫婦に対し、作品中の多くの人々が歓声を送る感情も理解できるのである。ついでに言えば、老夫婦の夫は、かつては共産党の要人付き運転手で、妻の方は元伯爵令嬢という“社会的距離”の大きさを越えて結ばれた。その夫婦が最晩年に再び情熱を燃やして、不合理な社会に反旗を翻すという設定になっている。
 
 ところで、私の妻もこの映画のことにブログで触れ、映画館は「ほぼ満席で、若い人も多く、こんな地味な映画が、好まれるのかと意外に思いました」と書いている。私も同じ感想をもったのだが、もしかしたら、今の世界的経済不況に義憤をもやす若者が「不合理な社会に反旗を翻す老夫婦」に共感するのかもしれない。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月30日

ウソの看板は降ろそう

「非核3原則」は虚構だった--元外務事務次官の村田良平氏(79)が、そういう意味のことを新聞記者に語った、と今朝の新聞は伝えている。私が確かめたところでは、『朝日』と『日経』がこの記事を載せているが『産経』はなぜか無視した。また、掲載した両紙の見出しは私の表現のように“刺激的”ではなく、「米軍の核兵器持ち込み 元次官“密約文書あった”」(朝日)と「60年日米安保で密約 “有事の国内核配備も対象”」(日経)という表現だ。が、『日経』が載せている村田氏との一問一答を読むと、どうも「非核3原則」そのものが日米の合意でないように解釈できる。だから、私はあえて冒頭のように表現した。

「非核3原則」とは、核兵器を「持たず」「作らず」「持ち込ませず」という日本政府の方針で、1967年12月に当時の佐藤栄作首相が国会で表明して以来、歴代の内閣が“堅持する”と言ってきた。このうち時々問題になるのは3番目の「持ち込ませず」という原則で、この「持ち込む」という言葉の意味があいまいなため、米軍の艦船や航空機が日本の領土内に一時的に「立ち寄る」場合、これを「持ち込む」と解釈するかしないのかで、日米間の大きな理解の差が生まれる。アメリカ側ですでに公開されている資料によれば、1960年の安保改定時には、核兵器を積んだ米軍艦船の寄港などは「持ち込み」に含まれないとの“密約”があったとされている。これに対し、池田勇人内閣は、寄港も持ち込みに当たるとの解釈を打ち出して、それ以来、政府はこの見解を維持している。

 改定安保条約には「事前協議条項」というのがあって、在日米軍に核兵器を含む大きな装備の変更が行われる際には、事前協議をすることが定められた。日本政府は、核の持ち込みがあるならば、アメリカはこの取り決めにしたがって事前に日本に協議を求めてくるはずだが、これまでそういう要請は1度もないから、核の持ち込みはなく、したがって非核3原則は守られている--という論法を繰り返してきた。しかし、この事前協議の対象として、核兵器搭載の航空機や艦船の「領海通過」や「寄港」が含まれないとしたら、米軍の核兵器は何十年もの間、日本の領土に入ったり出たりしていた可能性が強い。ということは、「非核3原則」は実質的には「2原則」に過ぎなかったことになる。
 
 私は、1981年の元駐日アメリカ大使のライシャワー氏の発言や、2000年のアメリカ外交文書の公開によって明らかなように、「非核3原則」とは日本の国内向けの政治標語であり、日米の政府間には「非核2原則」しかなかったと考える。外交に機密事項があることは当り前であり、それを「ない」と言い張るのは、あまりにも見え透いたウソである。それに、「核持ち込み」の問題は、冷戦時代には国家存亡の重要さをもつ抑止力の成立にかかわる。もっと分かりやすく言うと、「日本の国土やその周辺に核兵器があるかないかがよく分からない」ということが、潜在敵国に対して抑止力をもつのである。核兵器は、その所在が分からないことが重要なのだ。これは、国の防衛について少し勉強した人なら誰でも知っている事実である。だから、ウソをつくのはもうやめよう。
 
 政府はもう「実は、非核2原則だった」と発表すべきである。北朝鮮の核開発の問題がこじれている現在、これはアメリカの“核の傘”を強化する効力をもつから、日本の国益にもかなうのである。私は、村田元外務次官の今回の発言は、その目的でなされたのではないかと思う。『日経』の記事によると、外相経験者である自民党の町村信孝氏は、村田発言に対して「公務員の守秘義務は死ぬまであるのではないか。そこをどう考えているのか」と不満を漏らしたそうだが、公務員は国民の意思に対しても忠実でなければならない。国民は真実を知るべき時期に来ている。そして、冷戦後の新しい外交・国防政策を選択すべきときは、今なのである。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月29日

多様なる幸福

 アメリカの黒人音楽を世界に広めたポップ界の“スーパースター”、マイケル・ジャクソンが亡くなった。50歳の突然の死で、薬物の過剰摂取が疑われている。子どもの頃から才能を認められ、数々のヒットを飛ばし、巨万の富を得たが、やがて様々な奇行やスキャンダルが報じられ、巨額な訴訟費用で財産を減らし、そして、再起を期している時、突然の死を迎えた。才能も、名誉も、富も得た彼だが、はたして幸福な人生だったろうか、と思う。
 
 6月14日の本欄では、元米時事週刊誌『タイム』の国際問題担当記者だったピコ・ライヤー氏(Pico Lyer)の「幸福とは、我々の環境条件にあるのではなく、そこから何を得るかにある」という考え方を紹介して、日時計主義との共通点を指摘した。日時計主義は、すでに与えられているものを十分に感謝して受け、人々と共有するところに幸福を見出す。この考え方によると、幸福とは、「神の恵みへの感謝と、それを他者と共有するときに味わう一体感」と言えるだろう。となると、幸福とは一種の“主観的感覚”というようにも聞こえる。別の言い方をすると、客観的条件がどんなに(悲惨)であっても、本人が幸福だと感じていれば、そしてその幸福感を(少数であっても)他者とともに味わうことができれば、それが幸福ということになる。
 
 この論法をジャクソン氏の生涯に適用させると、彼の人生が幸福であったかどうかは本人に聞いてみないと分からない、ということになる。しかし「死人に口なし」だから、本当のことは分からない。わずかに分かるとしたら、彼が死ぬ間際にダイイング・メッセージでも残していて、そこに「私は幸福だった」という意味のことが書いてあれば(あるいは録音されていれば)、本人の公私の生活がたとえどんなに荒んでいても「マイケル・ジャクソンの人生は幸福だった」と言える。こういう言い方に何か問題があるだろうか? あるとしたら、それは何か?
 
 読者は、この論法に違和感を感じるだろうか。私は少し感じる。その理由は恐らく、一般に「幸福」を考えるときに、我々はそれを測定するための何らかの“標準”や“基準”があると考えているからだ。まったく基準がなく、「本人が幸福だと思えば幸福」なのでは、「幸福を追求する権利」などというものは、ほとんど意味がなくなるような気がする。なぜなら、人間というものは、奇妙なことを含めて、ほとんどあらゆることに幸福を感じるからだ--「爪を噛む」「吊革を集める」「ガンダムを収集する」「皿を割る」「女装をする」「公園で裸になる」「バンジー・ジャンプをする」……等々。
 
「幸福は死ぬ時に決まる」という考え方がある。ある人が若い頃からどんなに成功し、名声をほしいままにし、大金持ちになり、美女と結婚し、幸福な家庭をもち、社会のために尽くし、人々に尊敬されたとしても、歩道橋に落ちていたバナナの皮で足を滑らせて転落死したならば、その人は不幸だということになる。少なくとも、古代ギリシャ人はそう考えた。哲学者のサイモン・クリッチリー氏(Simon Critchley)は25日付の『ヘラルド朝日』紙に、そういう意味のことを書いている。この考え方は、上で触れた“幸福主観論”と180度異なるものだ。幸福とは、本人の主観とは関係なく、他人がその人をどう語るかによって決まるというのである。だから、死に方が愚かであれば、その人は幸福とは言えなくなる。

 この考えを“客観的幸福”と呼べば、前に書いたのは“主観的幸福”といえるだろう。この両方の意味で幸福な人は、本当に幸福なのかもしれない。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月28日

生長の家つくば会館

 今日は生長の家の講習会のため、茨城県つくば市に行った。前日の天気情報は雨模様ということだったが、幸いにも曇りで涼しい1日となった。会場となった「つくば国際会議場」には2,381人の受講者が集まってくださり、静かで和やかな雰囲気の中で講習会がもてたことは、誠にありがたかった。受講者数は前回よりも301人(14.5%)多く、教区幹部の皆さんの一丸となった推進--組織的には白鳩会と青年会--が成果を伸ばす原因になったようだ。また、午前の私の講話に関する質問も15通と、この規模の講習会としては多く、受講者の方々の関心度が高いことが窺えた。
 
Tsukuba1  講習会終了後に、最近新築なった「生長の家つくば会館」へ立ち寄った。茨城県は、筑波山(876m)を境にして地理的に大きく南北に分かれるらしく、教化部会館は北部の中心である水戸市の近く(ひたちなか市)にあるが、人口や信徒数では水戸にひけをとらない南部のつくば市には、大きな拠点がなかったという。そこに今回、地方道場が完成したことで、南部の信徒の活動が盛り上がりつつあるという。頼もしい話ではないだろうか。つくば会館は、外観が一見して“洋風”の雰囲気をもった木造平屋建築だが、中へ入ると和風である。そのTsukuba2 印象を強く与えるのは、大道場の床の間に「実相」の掲額があるからだけでなく、柱や欄間や窓枠がすべて黒で統一されているからだ。この直線的な黒と、明るい色の壁や天井とのコントラストが美しく、宗教施設にふさわしい荘重な雰囲気を醸し出している。私はなぜか、熊本城や松本城を思い出していた。

 さらに特筆すべきは、道場の窓の工夫だ。住宅地に建てられた道場だから、早朝行事や見真会などで使う場合、近所の家に“騒音”と感じられる音を出してはいけない。その点、窓は一番外側にペアガラス(2枚ガラス)がはめられているだけでなく、その内側にスライド式のガラス戸がもう1枚付けられている。そのおかげで、内部の音はほとんど外へ漏れないそうだ。

 “炭素ゼロ”の運動を推進するためには、教化部などの中心施設に大勢の人を集める方式を改め、運動の第一線に近い多くの“拠点”を活用する必要がある。そういう中で、このような地方道場ができたことは時宜に即した動きと言わねばならない。茨城県での今後の運動の発展が、大いに期待されるのである。

 谷口 雅宣

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2009年6月26日

宗教の社会的貢献

 地球温暖化抑制や貧困撲滅という人類的・国際的要請との関係で近年、企業の社会的責任が注目されている。英語ではコーポレート・ソーシャル・レスポンシビリティー(corporate social responsibility)といい、「CSR」と略称される。企業が国際化し巨大化すると、一国の法律では規制できない数々の“網の目”をかいくぐって、多国籍企業が利潤追求のために“不正”を行える可能性が増えてくる。また、大企業は、工場や事務所の進出や撤退、投資、M&Aなどを通じて、地域社会や一国の経済にも影響を与える可能性をもっている。そういう点に着目して、企業活動に倫理的な判断を要請する考え方である。宗教の世界では、あまりそういうことが言われないが、私は公益法人である宗教こそ、そういう視点に敏感であるべきと思う。
 
 現在、宗教法人を含めた公益法人制度の見直しが行われているが、その背景には、きっと上記のような企業活動に対する社会的要請とのバランスの問題があるのだと思う。つまり、現在、宗教法人は原則的に収益に対して非課税である。その理由は、「宗教活動=公益」という古い、単純な考え方によって、宗教が“公益”を目的とした法人(公益法人)だと見なされていてるからだ。しかし、実際の宗教活動の中には、必ずしも公益とは呼べないようなものも含まれるとともに、「宗教法人」という看板を隠れ蓑にして、公益目的でない(もっとありていに言えば、詐欺的な意図をもった)団体が活動する余地が残されているからだろう。私はもちろん、宗教は公益に貢献していると信じる。しかし、宗教は基本的に「心」を扱うものだから、外からは分かりにくいところがあり、それが「うさん臭さ」や「教団の利益優先」というようなマイナスの印象を生んでいることも事実である。
 
 そこで、そういう誤解を払拭するためにも、社会的貢献の“客観的な指標”があるならば、宗教団体はそれを活用して、わかりやすい形のCSRを行う義務があるのではないか、と私は思う。生長の家が、環境経営の国際指標である「ISO14001」の取得に乗り出したのも、そういう視点があったからである。今日、生長の家は国内にあるすべての事業所で「ISO14001」を取得しただけでなく、海外に於いても取得への取り組みを進めている。が、この取り組みだけで社会的責任が果たせているとは思えない。そこで、現下の喫緊の課題である地球温暖化抑制のために“炭素ゼロ”(二酸化炭素の排出をゼロにする)という高い目標を掲げた運動が開始されたのである。その考え方にのっとり、生長の家は排出権を購入し、信徒の移動で排出されるCO2を金銭的に相殺するカーボン・オフセットを一部で実行し、さらに植林活動などを展開している。
 
 が、この“炭素ゼロ”を目指した運動は、しかし1つの矛盾を抱えている。それは、現在の社会全体が、まだ化石燃料を主要エネルギーとする産業構造と政治制度を温存しているからである。この環境の中では、何かを強力に推進しようとすると、必ず化石燃料を燃やすことにつながる。その逆に、化石燃料を燃やさないようにすると、宗教活動を推進することが困難になりがちである。この矛盾を乗り越えるためには、宗教団体内部の努力だけでは、どうしても限界がある。社会に対して、化石燃料を燃やさない方向へ動くように、何らかの働きかけをする必要が生じてきているように思う。
 
 谷口 雅宣

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