『日々の祈り』
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 『小閑雑感 Part 12』(2009.01.01)
- 『小閑雑感 Part 11』(2008.09.01)
- 『小閑雑感 Part 10』(2008.05.01)
- 『太陽はいつも輝いている』(2008.05.01)
- 『小閑雑感 Part 9』(2008.01.01)
「地球環境問題」カテゴリの記事
- 『小閑雑感 Part 12』(2009.01.01)
- 『小閑雑感 Part 10』(2008.05.01)
- 『小閑雑感 Part 9』(2008.01.01)
- 『小閑雑感 Part 8』(2007.09.01)
- 『小閑雑感 Part 7』(2007.04.10)
「哲学・宗教」カテゴリの記事
- 谷口雅宣随筆集『目覚むる心地』(2009.03.01)
- 『小閑雑感 Part 12』(2009.01.01)
- 『衝撃から理解へ』(2008.11.15)
- 『小閑雑感 Part 11』(2008.09.01)
- 『小閑雑感 Part 10』(2008.05.01)
この記事へのコメントは終了しました。


コメント
神・自然・人間の大調和を祈る「日々の祈り」は、信仰と
生活を、より一層具体的に結び付けての、理解が出来る
ようになり、ホントに嬉しく感謝しています。
信仰(勉強)不足でボヤーッと抽象的になっていた部分の「信仰生活」がよりハッキリ正しく、認識出来ての「行」に
もなり、信仰のブレも随分少なく成った様に思い、心より
感謝を申し上げています。 感謝合掌
投稿: 冨田 進 | 2007年4月21日 16時37分
冨田さん、
コメント、ありがとうございます。
この本は、祈りの言葉が少し難解なところがあるので気になっていました。声を出して読むと、舌を噛みそうになりますね。(笑)
投稿: 谷口 | 2007年4月22日 11時34分
合掌、ありがとうございます。舌まで噛んでしまうな(笑)難しい発音や難解なところは、全くありません・・。むしろ、より科学的説明で、読みやすく解り易く、信仰が更に深化される想いに心から感謝しています。以前に「神想観」の事について、講習会の質問受付用紙で、お尋ねした事があります。実相をどの様に観ずればよいのか?その答えをこの「日々の祈り」の御本には、ぎっしりお説き頂いて
おり、ホントに有り難く心より篤く感謝申し上げています。 再拝
投稿: 冨田 進 | 2007年4月26日 22時32分
谷口 先生
質問致します。
「日々の祈り」P124「すべての人々の実相を讃える祈り」の中のP126、1行目「神を動かし」とありますがどうゆう意味でしょうか?
神の子が神を動かすことの意味が分かりかねます。
よろしくお願い致します。
投稿: 横山浩雅 | 2011年8月29日 15時48分
合掌、ありがとうございます。 私は兄が中国での仕事に、
どおうしても手伝ってほしいとの事で、前の仕事を定年時
に終えて、約三年近く手伝って (兄の三人息子の二人も
入って)しっかり体制が出来ましたので帰郷の許可を頂き、
以前より興味を持ってました「食」の修業で第三の人生を。 (相・栄会員)
横山様の質問は、ホントに素晴らしい質問ですね・・・。
信仰が深いから出て来る様に思います・・・。私も自分なり
に考えましたが、宇宙の普遍なる神 (法則) を動かす事は
出来ないにしても、「詳説神想観」で説明されてますように、
神の子人間がホントに可愛いくて常に喜びに満ちた生活を
願って居られる、「人格神」として現れて居られる『神』には
(親が可愛い子供の願いを聴いて上げる様に)神の御心に叶う事であれば、遠慮なく祈って、動いて頂くと言う様に考えても良いのでしょうか・・・。 ホントお忙しい、お仕事の中御指導頂ければと、心よりお願い申し上げます・・。 再拝
投稿: 冨田 進 | 2011年9月16日 20時58分
合掌、ありがとうございます。 私は兄が中国での仕事に
どおうしても手伝ってほしいとの事で、前の仕事を定年時
に終えて、約三年近く手伝って (兄の三人息子の二人も
入って)しっかり体制が出来ましたので帰郷の許可を頂き、
以前より興味を持ってました「食」の修業に、第三の人生(私の人生の集大成)として、楽しく精進しております・・。
いま時間に余裕も出来て来ましたので、先生のウェブサイトを検索して見ましたら、以前の(少しぶっし付的で失礼な)コメントがそのまま残っていて懐かしくもあり、またホントに恐縮して居ります・・。
横山様の質問ですが、深い信仰から出て来る様にも思い、私も自分なりに考えましたが、宇宙の普遍なる神(法則)を動かす事は出来ないにしても、「詳説神想観」で説明されてますように、神の子人間がホントに可愛いくて常に喜びに満ちた生活を願って居られる、「人格神」として現れて居られる『神』には(親が可愛い子供の願いを聴いて上げる様に)神の御心に叶う事であれば、遠慮なく祈って、「動いて頂く」と言う様に、考えても良いのでしょうか・・・。 ホントお忙しい中を、御指導頂ければと心より
お願い申し上げます。 再拝
投稿: 冨田 進 | 2011年9月18日 22時44分
富田 様
合掌ありがとうございます。
今回は私の愚問に時間を割きご指南頂き大変ありがとうございます。
「人格神」のことを指しておられるとは考えが及びませんでした。
総裁先生もご多忙の折中々ご回答頂けなく少々痺れをきらしておりました。
また私は恐らく富田様より若輩者であり信仰の程度もそれほど深くないように思います。
お褒め頂き恐縮致します。
では失礼致します。
再拝
投稿: 横山浩雅 | 2011年9月20日 13時13分
横山様へ
合掌ありがとうございます。 ・・・コメントありがとうございました! 少しでも、ヒントを提供する事にでも成ったのでしたら、嬉しく思います・・。 生長の家の、この包括的で解りやすい「人生必勝」の教え(真理)で、「最良にして最高の生き方」を「実践実証」していきたいものですね・・。 共に素晴らしい「生長の家人」として、一層輝いて楽しく、邁進致しましょうね。益々のご活躍を心よりお祈り申し上げます。 再拝
投稿: 冨田 進 | 2011年9月21日 15時32分
横山さん、
ずいぶん昔に質問をいただきながら、ナシのつぶてで申し訳ありませんでした。祈りの言葉の中で、「神を動かし」という表現の意味が分からないということですが、「神は動かない」からオカシイということでしょうか? それとも「人間には神を動かせない」から、ということでしょうか? もう少し、疑問点を明確にしていただけるとありがたいです。
投稿: 谷口 | 2011年10月 6日 15時56分
谷口 先生
聖経「甘露の法雨」の「神」の項に
創造の神は五感、六感を超越している(中略)
聖、至上、無限、真理、光明、知恵、絶対の愛(中略)
この全能なる神、完全なる神の~(後略)
とあります。
私の分かりかねますのは、完全なる神を人間(現象人間、神の子人間)が動かす必要があるのか、もし動かす必要があるなら動かすということは具体的にどういう“動かし”を意味しているのか、ということです。
宜しくお願い致します。
投稿: 横山浩雅 | 2011年10月 6日 18時35分
横山さん、
「祈り」というのは、人間から神への働きかけです。ですから、人間から見て神がどうとらえられるかという点が重要です。祈る人間が「神様は私の方を向いてくれない」と感じていた場合、神はその人に対して別にソッポを向いているわけではありません。しかし、その人から見ると、そう見えるだけです。その人間の側の実感が変わり、「ああ、神様は私とともにいる」との実感が得られたならば、その人は「神は動いた」と感じるでしょう。そういう「祈る側からの見方」を重視した表現になっているのです。
投稿: 谷口 | 2011年10月 6日 23時20分
谷口雅宣 先生
合掌ありがとうございます。
今回の私の小さな疑問に対し丁重、明敏なご回答を頂き有難うございます。
今後も色々疑問が生じるかと思います、どうぞ愚生の珍問、愚問にご助言いただければ有難く存じます。
失礼致します。
横山浩雅 再拝
投稿: 横山浩雅 | 2011年10月 7日 11時09分