2016年8月18日 (木)

核による先制攻撃 (2)

 日本を対象に具体的なケースを考えてみよう。今の時点で最も起こりやすい日本周辺での武力衝突は、尖閣諸島や南沙諸島海域で日本と中国の間で起こるものだ。その場合、中国の軍艦や戦闘機が日本の自衛隊の航空機や艦船に対して攻撃を検討するときには、日本からだけでなく、アメリカ軍からの報復攻撃の可能性も考慮しなければならない。そして、アメリカ軍の報復の中には「核によるものもあり得る」と考える場合と、「核での報復はない」と考える場合との間に、中国側の攻撃命令の出しやすさに違いがあるかどうかということである。私は、違いはそれほどないと思う。なぜなら、日中の艦船や航空機間での武力衝突に対して、アメリカがいきなり核兵器を使って中国を攻撃することなど考えられないからだ。だいたい、アメリカのICBM(大陸間弾道弾)やSLBM(潜水艦発射弾道弾)は、中国の何をねらって発射されるのか? 両国の艦船間の小ぜりあいに対して、アメリカが中国の都市を攻撃すれば、それは明らかな過剰攻撃であり、人命軽視が批判されて国際世論を敵に回す。 
 
 では、どんな場合に、アメリカの核攻撃のオプションが中国の武力攻撃を抑止する可能性を生むかというと、尖閣諸島周辺での日中の武力衝突がしだいにエスカレートして、両国の攻撃が相手方の軍事基地に向けられるようになった際だろう。しかし、この場合でも、沖縄の基地が攻撃されたからといって、アメリカは中国本土に核攻撃で報復する可能性は低いと思う。その理由は、米中間の核戦争に発展する可能性が生まれるからだ。では、何もしないかといえば、そうではなく、通常兵器による報復攻撃によって限定的に応戦しながら、外交的に紛争処理の機会をさぐることになるだろう。また、「戦術核兵器」と呼ばれる比較的小規模な破壊力をもった核兵器を“先制的”に使用する選択肢もあるかもしれないが、これもいきなり使うことはなく、通常戦力による戦闘がエスカレートする過程での使用だから、いわゆる「核先制攻撃」の範疇には入らない。つまり、「核先制攻撃」を放棄しても、戦術核兵器を防衛的に使用することはできるだろう。 
 
 問題は、北朝鮮の動向だ。私は、北朝鮮の核開発は、アメリカからの先制核攻撃の脅威を和らげるための手段だと考えている。北朝鮮の核攻撃能力は、韓国のソウルや日本の東京に壊滅的打撃を与えることは今でも可能だろう。だが、彼らがそれを実際にしないのは、アメリカの“核の傘”が有効に機能しているからだ。つまり、ソウルや東京への核攻撃、ないしはその脅しが機能しないのは、北朝鮮がアメリカによる核報復攻撃を恐れているからだ。だから彼らは、ミサイルの技術を向上させて、シアトルやサンフランシスコなどの人口密集地に正確に誘導する能力を獲得することにより、アメリカの核(報復)攻撃を抑止しようとしているのだろう。 
 
 そこで今回、アメリカが核先制攻撃のオプションを放棄すると宣言した場合、北朝鮮はどう考えるかが重要なポイントになる。もし私が考えているように、北朝鮮の核開発の目的がアメリカからの先制核攻撃の抑止であるならば、それを放棄するアメリカの決定は北朝鮮への朗報だ。別の言葉で言えば、彼らはこれ以上核開発を進める理由を失うことになる。しかし--と安倍首相なら言うかもしれない--アメリカからの先制核攻撃の脅威がなくなれば、北朝鮮は“安心して”日本や韓国を核攻撃で恫喝しつつ、東アジアで勝手な行動を拡大することになる。本当だろうか? 
 
 私は結局、この問題は北朝鮮の現政権を“極悪”と見るのか、それとも“善”と言わないまでも“極悪ではない”(交渉の余地がある相手)と見るかの差ではないかと思う。前者の見方をすれば、どんな防衛上の努力を講じても、“北朝鮮の脅威”を払拭することはできない。だいたい北朝鮮は、核兵器など使わなくても、一部のイスラーム過激派のように、日本国内に戦闘員を潜入させて、銀座や大手町で自爆テロを起こすことは今でも可能だろう。しかし、後者と見るならば、彼らの外交目的は(他のどの国とも同様に)自国の安全保障と繁栄であるだろうから、その目的に資する条件を提示して交渉のテーブルに引き戻すことは可能だと思うし、そうすべきである。 
 
 私が言いたいのは、この時点でアメリカが「核による先制攻撃」の選択肢を放棄する核戦略の転換を行ったとしても、中国や北朝鮮から日本が武力挑発を受ける危険性が有意に増大する可能性は少ないということだ。これはもちろん、そういう危険性が「絶対ない」という意味ではない。日米の信頼関係が破綻したり、中朝の指導者の国内統治力が大幅に減じたり、はたまた日本の力が及ばない事態の勃発で朝鮮半島で武力衝突が起こったりすれば、条件は大きく変わる。これらの“不測の事態”が起こることを今から考えて、万全の構えで国の安全を保障したいという「不安な気持」は理解できなくはない。しかし、それならば、防衛力や軍事技術のような“敵を認めて備える”努力を増大するのではなく、外交や親善交流を拡大して“敵として認めない”努力をもっと拡大すべきだと思う。なぜなら、国際関係は結局、人間の心が動かすものだからだ。 
 
 谷口 雅宣

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2016年8月17日 (水)

核による先制攻撃

 物騒なタイトルをつけてしまったが実際、物騒な話なので、読者諸賢にはご容赦願いたい。8月17日の『山梨日日新聞』が共同通信の配信記事を1面トップに載せて、安倍晋三首相が「核による先制攻撃という選択肢を捨てないでほしい」とアメリカの太平洋軍司令官に頼んだというのである。米紙『ワシントン・ポスト』が15日付で伝えたニュースを日本向けに書き直したものだが、日本の首相がアメリカの大統領にではなく、軍司令官に頼むというのは奇妙な話ではある。この記事によると、安倍首相は7月26日に日本滞在中のハリス米太平洋軍司令官に会っているので、この時に要請したものらしい。 
 
 その理由は、“核なき世界”を提唱するオバマ政権が今、アメリカの核戦略を見直しつつある中で、「核による先制攻撃」を選択肢から除くことを検討しているからだ。安倍首相の考えでは、アメリカの「核による先制攻撃」の可能性がなくなると、北朝鮮や中国に対する日本の防衛力が弱まるということらしい。この記事によると、オバマ大統領の核戦略再検討の動きに対しては、「米主要閣僚は反対、韓国やドイツなどの同盟国も懸念を示しているとされ、採用の可能性は低い」らしい。しかし、その一方で、「川口順子元外相とオーストラリアのエバンズ元外相らアジア太平洋地域の元閣僚や軍高官ら40人は16日、オバマ政権に先制不使用政策の採用を強く促し」たという。賛否両論があるということだ。 
 
 核による先制攻撃のオプションは、アメリカ自身にとってはそれほど重要でなくなっている。普通、核先制攻撃は、敵国が自国の政府や人口密集地に対して甚大な損害をもたらす危険が差し迫っていると判断した時に、敵国の核兵器や軍事基地に対して行われる。しかし、これは理論上の想定で、実際にはそれが行われたケースは歴史上存在ない。キューバ危機の際に、当時のケネディー大統領がソ連に対してこのオプションを明示して、キューバへのソ連製核兵器の導入をやめさせた例はあるが、このときも核先制攻撃は行われなかった。また、イラク戦争の発端は一種の“先制攻撃”だったが、この場合も核兵器は使われず、通常兵器での大規模攻撃だった。また、イスラエルが隣国イランの核開発に脅威を感じ、イランの核施設に対して先制攻撃を行った例もあるが、この場合も核兵器は使われず、爆撃機による通常兵器の攻撃だった。 
 
 このように先制攻撃は歴史的には行われているものの、これに核兵器を使った例は皆無といっていい。その理由の一つは、核兵器の破壊力があまりにも強大なので、それを限定的に使えず、使った場合は過剰攻撃となって国際世論を敵に回すか、あるいは全面核戦争につながるリスクが大きいからだろう。もっとも「劣化ウラン弾」のような放射性物質の破壊力を限定的に使用する兵器はあるが、これはいわゆる「核兵器」の範疇に入らない。 
 
 現在では冷戦は終わり、対ロシア、対中国の関係でアメリカが核による先制攻撃を行う必要性はきわめて少ない。また、現在のアメリカに対する脅威は、ロシアや中国のような核保有国からの攻撃ではなく、イスラーム原理主義などの少数のテロリストがアメリカ国内で起こす都市への攻撃で、これに対しては核兵器はまったく無力であり、抑止力はない。 
 
 アメリカが核先制攻撃を放棄して問題が起こるとすれば、それはいわゆる“核の傘”を差しかけている同盟国との関係である。核先制攻撃をアメリカが放棄した場合、同盟国に対する武力攻撃の抑止力が減退すると考える国が少なくないからだ。安倍首相もその中の一人だろう。だが、本当にそうであるかは明らかでない。 
 
 谷口 雅宣

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2016年7月11日 (月)

憲法改正の動きを注視しよう

 参議院選挙の結果が出た。残念ながら「芳しい」とは言えないが、それほど悪い結果でもないと思う。今回の選挙では、改選議席の総数は121で、そのうち自民が51、公明が13を獲得した。それぞれ+1と+4の増加だ。これを加えた64議席が、改選総数の52.9%になるため、各紙は「与党、改選過半数」という見出しを打った。また、非改選を含めた自民と公明の議席数は140で、これに「おおさか維新」や「日本のこころ」などの憲法改正積極派の議席18を加えると158となるので、「改憲勢力2/3に迫る」などという言い方もされている。 
 
 しかし、データを詳しく見てみると、自民は1議席しか増やしておらず、公明の+4は、投票率の低さに起因する部分も多いだろう。今回は54.7%という戦後4番目に低い投票率だから、組織力が強い公明や共産に有利で、共産党も2議席を増やしている。その他、伸長が目立つのは「おおさか維新」の+4だが、この票の多くは“浮動票”的な性格のものだと思う。なぜなら、『朝日新聞』が32の一人区で行った出口調査では、無党派層の34%が自民候補に投票したのに対し、56%は野党統一候補に入れている。この割合は、「おおさか維新」の支持層の34%が自民に入れ、46%が野党統一候補に入れたという割合と似ているからだ。 
 
 また、この調査で注目されるのは、公明支持層の動向だ。これらの人々の動きは、支持母体の創価学会の組織力を示すものだと思われるが、今回の選挙では、同支持層の24%が野党統一候補に入れたという結果になっている。つまり、公明党関係票の4分の1は、野党側に流れたということだ。これは恐らく、“解釈改憲”や安保関連法案の強行採決が、創価学会の一部--特に婦人部の不評をかったことと関連があるのではないか。 
 
 無党派層の動きを調べた共同通信の出口調査では、自民に入れた人が22.3%だったのに対し、民進に入れた人は23.2%と上回った。これは、2013年の参院選(自民23%、旧民主14.4%)、2014年の衆院選(自民21.1%、旧民主20.8%)の割合から逆転している。投票率がよくないにもかかわらず、あえて投票に参加した無党派層の中に「反自民」が増えている傾向を示す数字ではないだろうか。 
 
 このような選挙結果が、「与党とその候補者を支持しない」という今回の生長の家の方針発表とどう関係しているかは分からない。しかし、この発表により、安倍政権を支えている「日本会議」という不透明な政治組織の背後関係にある程度光が当たり、その思想が現在の生長の家とはまったく異なることが、メディアや組織を通じて信徒を含む多くの人々に伝えられたことは幸いだった。ただ、この発表が参院選の直前になってしまったため、生長の家の会員・信徒の方々には“寝耳に水”のようであり、少なからぬ混乱を招いたならば御寛恕をお願いする。これも偏に、国民が知らないうちに“解釈改憲”を行い、日本を誤った方向に向かわせようとする隠れた動きに「NO」を突きつけるためである。 
 
 今後、安倍政権は憲法改正を政治日程に上げてくるだろうが、その際には、彼らの改正案が、具体的な条文として本当に「改正」に当たるのか、それとも「改悪」なのかをしっかりと吟味検討していくことが、日本国民としての義務となるだろう。生長の家は、現憲法を金科玉条とするものではないが、立憲主義の原則を護り、「人間・神の子」の教えにもとづいて基本的人権を尊重し、軍拡や武力による平和ではなく、「信仰による平和」を希求するものである。 
 
 谷口 雅宣

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2016年7月 7日 (木)

今こそ「万物調和」の教えを拡げよう

 今日は午前11時から、山梨県北杜市にある生長の家“森の中のオフィス”の万教包容の広場で、「万教包容の御祭」が行われた。同祭にはオフィス職員が参加したほか、御祭の様子を伝える映像は、インターネットを通じて生長の家の国内の教化部を初め、海外の各拠点にも配信された。 
 
 私は御祭の最後に、概略以下のような言葉を述べた-- 
 
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 皆さん本日は、第4回目の「万教包容の御祭」にご参加くださり、ありがとうございます。この御祭は、3年前の7月7日に、“森の中のオフィス”の落慶を記念して始められました。その目的は、世界の宗教や民族、文化などが、多様性をもちながらも一つの中心のもとに大調和する実相世界の構図を、私たちの運動を通して現実世界にも現していくことを誓い、祈念するためであります。そのことを象徴するのが、七重塔であります。 
 
 今日は先ほど、この万教包容の広場で4基目の七重塔が除幕され、その基台に『甘露の法雨』と『大自然讃歌』『観世音菩薩讃歌』の経本が納められました。この3つの経本は、これまでの1年間、オフィスの本部講師、本部講師補の方々が心を込めて読誦してきたもので、「神・自然・人間の大調和」実現を目指す私たちの誓願が込められています。 
 
 いま「神・自然・人間」と3つの言葉を使いましたが、この3つは本来、一体のものであるというのが、私たちが信ずるところであります。言葉というものは--特に、私たちが「名詞」と呼んでいるものは、人間の感覚でみれば「別々に分かれて見えるもの」を取り上げ、それらに名前をつけたものです。この現象世界の中には、実に膨大な数、膨大な量のものが存在しますが、その全体を捉えることは人間の感覚によっては不可能なので、私たちはそのごく一部を頭の中で切り取って名前をつけ、その名前を使って世界を理解しようとしているのです。 
 
 写真撮影を例にとれば、世界全体の写真はどんなカメラによっても撮れないので、その一部をフレーミングで切り取り、切り取った画面に大きく写ったものに名前をつけるようなものです。これが私たちが普段使っている言葉の重要な機能です。これはとても便利な機能なので、日常生活で普通に使っている分には問題は少ない。しかし、デメリットがないわけではない。その1つは、言葉で名前をつけた部分が、それ以外の部分とは別個に、独立して存在するような印象が生まれるということです。しかし、本当は、その名前の部分と写真のその他の部分は、別個で、相互に無関係であることはなく、同じものの一部であったり、密接な関係で結ばれていることがほとんどです。 
 
 例えば、「山川草木」という言葉がありますが、この言葉の文字面だけを見ていると、「山」と「川」と「草」と「木」は、別個の独立したもののように感じられますが、私たちがこの八ヶ岳の麓で生活していてよく分かることは、これら4つは決して分離することができない全体の一部で、相互に密接に支え合っているということです。山があれば必ず川が流れます。川の周辺には草木がよく繁り、そのおかげで川が氾濫しないで一定のコースを流れる。だから、山の形が一定なのも、草木が繁っているからと言えます。 
 
 『観世音菩薩讃歌』の終りの部分には、これと同様のことが「空をゆく雁の群」を例に挙げて描かれているのを、思い出してください。 
 
<--天使かく説き給えば、 
天の童子の姿かき消え 
虚空高く雁の一群の飛び行く姿見ゆ。 
その時天空より大音声の響きて曰く 
「見よ、雁と虚空と分かつこと能わず。 
虚空と山河と分かつこと能わず。 
山河と海は不可分なり。 
すべての生物と地球は一体なり。 
汝ら自らを一個の卑小な肉体と見るべからず。 
人間は山河なくして存在せず、 
海陸と別に存在せず、 
そこに生くるすべての生物と共に在るなり。> 
 
 この引用箇所は、文学的表現のように聞こえますが、生物学や生態学が発達した今日では、科学的事実でもあるわけですね。人間は、生態系の一部として、空や山河や海陸と、そこに生きるすべての生物に支えられて生きている、ということです。これが生物としての人類の真実なのですから、人間社会の中での個人の位置も、この全体的構造と違うはずはないのです。つまり、すべての人々は、お互いに助け合い、支え合って生きているのです。しかし、人間には、そういう大調和の全体像が見えなくなることがある。それは、社会全体の中での自分の位置が分からなくなる時です。これを「identity crisis」とか「自己同一性喪失の危機」とか呼びます。 
 
 自分が一体何者であって、何に価値を見出せるか分からなくなってしまう。社会での自分の位置が失われる。どこへ行っても、そこは自分の居場所ではないような気がする。人とのコミュニケーションがうまくとれず、友だちができない。友達がいても、別れてしまった……そういう精神的危機は、貧困の中で生まれることもあるけれども、先進諸国の物質的繁栄の中でも生まれることがあります。自分の“本当の姿”を忘れ、一個の肉体だと思う。そういう人間の中には、自分を疎外する社会を破壊して、自分自身も破壊したいという願望を抱く人もいるのです。 
 
 私は、ISの呼びかけに応えてテロを行う人々の多くが、そのような自己同一性の危機に陥った人だと考えています。つい最近も、バングラデッシュのダッカで、外国人向けレストランを狙ったテロが起こり、日本人7人を含む20人が犠牲になりました。一見、このこととは関係がないように見えますが、より広く世界に目を向けると、イギリスの国民投票ではEUからの離脱派が多数を占めました。これは、ヨーロッパへの大量の移民の流入によって、イギリスの文化的・社会的同一性が失われると感じた人々の、恐怖心から生まれた結果と思われます。アメリカの大統領選挙でも、移民流入の制限と、人種や宗教差別を隠さない大富豪の候補者が、国民の半分を代表する立場にあるというような、アメリカ史上稀にみる異常事態が起こっています。 
 
 そして日本では、過去の憲法を復活させ、中国に対抗するために軍備増強を推進しようとする総理大臣が、高い支持率を維持していることは、皆さんもご存じの通りです。 
 
 このように、世界の多くの人々が、本来一体で大調和している世界の構図を認めずに、分離・独立・相互対立の動きが世界中で広がっているように見える今こそ、この「七重塔」に象徴される「万教包容」「万物調和」の教えと、アイディアと、生活法を推進していく私たちの運動の重要性は増大していると言わねばなりません。七重塔の「7」は「すべて」を表します。そのすべてが、それぞれの個性を失わずに、中心軸(つまり神意)から逸れずに全体を構成している。その姿は、調和していて美しい。 
 
 それを表現しいるのが、七重塔です。この塔は毎年、この日に一基ずつ増設していくことが決まっていますが、その理由は、私たちの万教包容・万物調和のメッセージが年ごとに世界にどんどん拡大していくことを誓願し、その誓いを視覚的にも表現することによって、運動の拡大を進めるためです。 
 
 どうか皆さん、「神・自然・人間の大調和」という実相世界への信仰をこれからも高く掲げるとともに、人間社会の分離・対立を未然に防止するために、「人間は皆、神の子である」という真理を益々多くの人々にお伝えください。 
 
 それでは、これをもって今日の御祭のご挨拶といたします。ご清聴、ありがとうございました。 
 
谷口 雅宣 

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2016年6月17日 (金)

信仰者はウソをつかない

 今日は午前10時から、長崎県西海市の生長の家総本山にある谷口家奥津城で「谷口雅春大聖師三十一年祭」がしめやかに執り行われた。前日の雨は上がり、時に陽が差し込む中、奥津城前の広場には神奈川、石川、和歌山、広島、香川、鹿児島から団体参拝練成会に参加する信徒・幹部ら、また近隣の教区から合計五百数十名が集まり、生長の家創始者の遺徳を偲び、真理宣布の決意を互いに確かめ合った。私は、年祭の最後に大略、以下のような挨拶を行った。 
 
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 
 
 皆さん、本日は谷口雅春大聖師三十一年祭に大勢お集まりくださり、誠にありがとうございます。谷口雅春先生は昭和60年の今日の日に昇天されましたが、あれから31年が過ぎていきました。雅春先生は昭和50年1月に、81歳で東京からこの地に移られ、龍宮住吉本宮(昭53)と霊宮(昭56)を建設され、長崎では約10年間を過ごされました。 
 
 この間、生長の家の運動では大きな変化がありました。それは昭和58(1983)年7月に、生長の家政治連合(生政連)という政治団体が活動停止になったことです。今日は、その意味について振り返りたい。生政連は昭和39年9月に結成されましたから、それ以降約20年にわたって、生長の家は政治運動を展開したという歴史をもっています。 
 
 しかし、そういう政治運動はやめようということになりました。これは、第2代総裁の谷口清超先生の決断によるものです。しかし、谷口雅春先生も政治と宗教が一体となった運動には弊害が大きいことを、この決定の10年ぐらい前から気づいておられました。谷口清超先生は、その意を汲まれ、さらにご自分の信念にもとづいて、この重大な決断を下されたのです。 
 
 当時のことをやや詳しく書いた文章を読みます。これは私が監修して2004年に出した『歴史から何を学ぶか:平成15年度生長の家教修会の記録』という本にあるものです。書いた人は、この政治運動の推進に中核的役割を果たしてきた元本部講師の森田征史さんです 
 
-----(以下引用)---------------- 
 
<生政連活動停止の原因となる重要な問題は、既に昭和43年9月1日号の『聖使命』紙に谷口雅春先生の「勝利に傲らず聖胎を長養すべし」と題されたご文章の中に示されていました。それは、「純粋宗教的立場から幾分方向転換して政治的方面に運動を進めて来たために、宗教の純粋さや、清潔さが少しでも失われて来ていないか」ということでした。教化部や道場で真理の話が少なく、「票の獲得」のことが多い等の意見があり、宗教的な魂の教化や救済が第二次に置かれるとき、純粋なる宗教的真理を求める人たちは去ってしまうか、近寄り難くなるのは当然の帰結である。そのために選挙の票は伸びたが、信徒又は誌友数は足踏みどころか却って少なくなった県もある、と先生はご指摘になりました。(…中略…)そして、純粋宗教活動にのみ精神と行動を集中するためには、地方の教化方針や雰囲気を変える必要があり、教化部長の改選期にあたり大々的に配置転換が行われると同時に、相・白・青の組織が政治運動のために一元化していることから、男性が白鳩会を支配している傾向のところは改めなければならなぬ、と強く指摘されました。 
 
 こうした先生のご指摘に対して、主たる改善が行われないまま運動が進んでいきました。しかしその後、参議院選挙での全国区比例代表制の導入等、新たにいろいろな重大な問題や矛盾も生じ、昭和58年7月5日、生政連は遂に活動停止となりました。 
 
 生政連の活動停止後、先に述べたように、谷口清超先生のご指導を戴いて次のような教団の新たな決意が述べられました。 
 
 このような情況においては、吾々の運動は立教本来の布教使命の自覚と人類光明化運動の根本的な基盤確立が必要欠くべからざるものとの観点から、出来るだけ多くの国民の中に『神の子・人間』と実相日本の霊的使命を伝道し、全世界の組織網を確立することが急務と考え、生政連活動は停止されたのであって、決して後退したのではない。それは新たなる前進である。今後は、人間神の子の真理・真理国家日本の理念を自覚した国民をもっともっと多数うみ出すことにより、そうした国民の正信がおのずからに、政治家は勿論、凡ゆる階層の人々に反映され、生活・教育・家庭・事業、及び政治の変革が実現するような状況をつくり出して行こう、とするのである。それはこれまで以上に幅広く、根の深い雄渾な活動への重大な第一歩と言えるであろう。 
 
 こうした目的を達するためには、生長の家の各組織を拡大・充実させつつ、飛躍的な教勢拡大を図るほか、安易な道はどこにもありえない。そしてそれこそが、人類光明化運動の原点でもあるのだ。吾ら信徒一同、この原点に立ち、菩薩行に邁進したいと決意を新たにする次第である。(『聖使命』昭和58年8月15日号) 
 
 生長の家はその後、純粋な信仰運動として信徒拡大をはかるために、従来、政治目的で行動を共にしてきた「日本国民会議」等の“愛国団体”とも分かれ、講習会推進活動を中心とした運動を展開しました。>(同書、pp. 59-61) 
 
--------(以上引用)------------- 
 
 ここにあるように、生長の家は生政連の活動停止を決めたことに伴い、それまで政治的な行動を共にしてきた、いわゆる“愛国団体”とも袂を分かつという方針を決め、その方針を実行してきたはずなのです。この“愛国団体”の中に「日本国民会議」というのがありました。これが今、話題になっている「日本会議」の前身である政治団体です。ですから、生長の家は長年の政治運動による諸問題を真剣に考察した結果、宗教の純粋性を回復し護持するという重要な目的からこの決定を下した。その決定から、今はもう30年以上たっているのです。 
 
 ところが残念なことに、この決定に従わない人々がいたのですね。それも一般の信徒ではなく、生長の家本部の中枢にいた人、また教化部長として、本部講師として、本部からの給料で生活の保障を受けていながら、表面では本部の方針に従う素振りをして、何十年も“面従腹背”の生活を送ってきた人々がいたのです。 
 
 先日、6月9日に発表された生長の家の「今夏の参議院選挙に対する方針」には、そのことが次のように書かれています-- 
 
--------(以下引用)------------- 
 
<最近、安倍政権を陰で支える右翼組織の実態を追求する『日本会議の研究』(菅野完、扶桑社刊)という書籍が出版され、大きな反響を呼んでいます。同書によると、安倍政権の背後には「日本会議」という元生長の家信者たちが深く関与する政治組織があり、現在の閣僚の八割が日本会議国会議員懇談会に所属しているといいます。これが真実であれば、創価学会を母体とする公明党以上に、同会議は安倍首相の政権運営に強大な影響を及ぼしている可能性があります。事実、同会議の主張と目的は、憲法改正をはじめとする安倍政権の右傾路線とほとんど変わらないことが、同書では浮き彫りにされています。当教団では、元生長の家信者たちが、冷戦後の現代でも、冷戦時代に創始者によって説かれ、すでに歴史的役割を終わった主張に固執して、同書にあるような隠密的活動をおこなっていることに対し、誠に慚愧に耐えない思いを抱くものです。先に述べたとおり、日本会議の主張する政治路線は、生長の家の現在の信念と方法とはまったく異質のものであり、はっきり言えば時代錯誤的です。彼らの主張は、「宗教運動は時代の制約下にある」という事実を頑強に認めず、古い政治論を金科玉条とした狭隘なイデオロギーに陥っています。宗教的な観点から言えば“原理主義”と呼ぶべきものです。私たちは、この“原理主義”が世界の宗教の中でテロや戦争を引き起こしてきたという事実を重く捉え、彼らの主張が現政権に強い影響を与えているとの同書の訴えを知り、遺憾の想いと強い危惧を感じるものです。> 
 
--------(以上引用)------------- 
 
 イスラーム原理主義にもとづくテロリストの戦術として、英語で「sleeper cell」と呼ばれるものがあります。「sleep」は「眠る」という意味で、「cell」は「細胞」--「眠れる細胞」です。政治学の分野では「細胞」は政治組織の最小単位のことであります。「sleep」という語も、スパイなどが自分の本当の身分や意図を隠しながら、一般市民の中で静かに、ごく“普通に”していることも意味する言葉です。ですから、「sleeper cell」は「所属する組織の本当の目的を秘匿して、大衆の中で普通の市民として暮らす単位組織」という意味になります。 
 
 この“スリーパー・セル”が私たちの運動の中にもあったということです。そのことは、菅野さんの本の中で、実名をもって証明されています。これは、そういう人々が何十年も前にいたという話ではなく、ごく最近まで生長の家の幹部として活動し、今は「日本会議」の中枢にいたり、さらに私たちの運動に反対している「谷口雅春先生を学ぶ会」の中枢にもいる--ということです。しかし、私たちの今回の決定は、これらの人々への憎しみに基づくものではありません。そうではなく、これらの人々の運動方法と行動哲学は、宗教が説く「信仰」とは相容れないことを明確にするためです。さらに言えば、この同じ方法で隠密裏に、日本の政治が彼らの偏向した思想によって間違った方向に向けられる危険性が迫っているという認識と危機感にもとづくもので、「そうさせてはいけない」という強い意志の表明なのです。 
 
 健全な民主主義を機能させるためには、政治の透明性が不可欠です。しかし、彼らが何十年も実践してきた“スリーパー・セル”のような“面従腹背”の生活と運動方法は、宗教と相容れないどころか、民主主義の基本を否定するものです。なぜなら、彼らの思想と行動の実態は表面から分からず、まったく不透明だからです。このような生き方は、ましてや谷口雅春先生のお考えや人格とは正反対と言っていいでしょう。 
 
 ご存じのように、谷口雅春先生は、隠し事をされない、竹を割ったような、まっすぐな性格をおもちでした。先生は宗教の創始者という立場にありながら、ご自分の失敗を包み隠さず文章に書かれたことが一度ならずあります。有名なのは、『生命の實相』の自伝篇にある若い頃の女性遍歴の話です。これは多くの方はすでに読まれている。 
 
 また、立教後に、先生の一人娘である谷口恵美子先生の結婚相手を選ばれたときも、一度失敗されている。この話は、先ほど紹介した『歴史から何を学ぶか』の中に、一部が引用されています: 
 
--------(以下引用)------------- 
 
<ご存じの方も多いかと思いますけれども、谷口雅春先生もこの後継者選びに関しては一度、そういう過ちを犯したことがおありです。それが『善と福との実現』という本の中に書いてあります。 
 
 それは、谷口清超先生がまだ雅春先生の前に現れていない時期に、谷口恵美子先生の娘婿として、ある人物を選ばれた。それは谷口恵美子先生がよく知らない人だったけれども、雅春先生がその人のことを知って、この人なら戦争に行かないだろう--つまり、腎臓に結核菌が入ったので一方を摘出したから、徴兵に取られないと思われた。そして、自分の所に「心の父よ」という肩書きで手紙を書いてきたこともあって、先生の方も「吾が子よ」というような感情が起こってきて、その人を養子に定められた。恵美子先生は雅春先生を深く尊敬されていましたから、「お父様のおっしゃること、決めることはすべて善い」と思って結婚されて、その人物は谷口家の養子になったのです。 
 
 しかし、恵美子先生は結婚してから、自分はこの人が愛せないということが分かった。そして苦しまれるんですね。その様子も『善と福との実現』の中に書いてあります。あの本を読まれていない方はぜひ読まれるといいですね。感動的な文章がいっぱい書いてあります。雅春先生は、当時のご自分の精神状態も詳しく分析されていて「私に少し間違った選択があったのは否定できない」ときちんと書いていらっしゃる。>(同書、pp. 173-174) 
 
--------(以上引用)------------- 
 
 このように「正直である」こと、「ウソをつかない」ということは、宗教者に必須の信条であり、素質です。なぜなら宗教とは、人が「心の底で何を想っているか」「何を信じているか」を問題にするからです。それを隠したり、偽ることで信仰が成立するはずがありません。私たちがよく知っている「大調和の神示」の中にも、「怺(こら)えたり我慢しているのでは、心の奥底で和解していぬ。感謝し合ったとき本当の和解は成立する」とハッキリ書いてあることを思い出してください。これは、「表面的に仲直りするのではダメだ。心の底から仲直りしなさい」という教えです。 
 
 今回の生長の家の方針は、このような「ウソを言わない」という私たちの信条からしても、また民主主義の根本原則からいっても、今の安倍晋三首相が率いる与党の方針と行動を容認することは、日本を危機に導くという判断--そういう愛国心にもとづくものです。ぜひ、この点を理解していただき、宗教者としての純粋性の表現と、国の進む方向を誤らせないために、「与党とその候補者を支持しない」というメッセージを、皆さんの投票行動で示していただきたいのであります。 
 
 これをもって谷口雅春大聖師三十一年祭の言葉とします。どうか皆さん、信仰者として「ウソをつかない」生き方を守り通してください。ご清聴ありがとうございました。 
 
谷口 雅宣

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2016年6月10日 (金)

「与党とその候補者を支持しない」

 この表題のもとに9日付で発表された生長の家の方針は、各方面に驚きをもって受け止められているようだ。この“驚き”の中には、誤解から生まれたものも少なくない。それは「生長の家=自民党」という冷戦時代の古い方程式しかご存じない人の場合である。私は、もうだいぶ前から自民党政権に愛想をつかし、本ブログあるいはその前身の「小閑雑感」上で民主党を応援してきたことは、本欄の読者ならよく知っているはずだ。ただ、宗教法人「生長の家」として、特定の政党の支持、不支持を表明したことはここ30年ほどないだろう。そんなわけで、今回の声明は“方針転換”と受け取られたのかもしれない。 
 
 しかし、法人もしくは教団は、私とは同一でないものの、考えがまったく違うわけでもない。だから、今回の方針表明がどういう経緯で行われたかは、今回の公式な説明以外にも、私のブログでの過去の発言を読んでいただくと、もっとよく理解していただけると思う。そんな理由で、以下に私の過去の“政治的発言”の主なものの表題を時系列でリストアップさせていただいた。興味をもたれた方は、リンク先の記事を読んでいただければ幸いである-- 
 
2009年8月31日
2010年7月12日
2012年12月10日
2012年12月12日
2014年1月30日
2014年7月3日
2014年7月 5日
2015年5月16日
 谷口 雅宣

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2016年6月 9日 (木)

『日本会議の研究』について (2)

 表題の著書を本欄で私が推薦した理由は、もう一つある。それは、7月の参院選に臨んで、現在の安倍晋三首相が率いる強権政治の裏に、何が隠されているかを読者に知ってほしいからだ。もっと端的に言えば、私の伝えたいメッセージは「今回の参院選では、与党に投票しないでほしい」ということである。その理由は、すでに生長の家の公式サイトに掲載された声明文にやや詳しく書かれているから、読者はそれを読んでほしい。 
 
 が、ここでごく簡単に言えば、これまでの安倍晋三氏の言動から判断すると、彼は私たちの運命を左右する絶大な権力を委託されている一国の長として、信用できないからだ。さらに、表題の書が警鐘を鳴らすように、安倍氏の言動の淵源が日本会議を牛耳る元生長の家の政治運動家の思想にあるとしたならば、安倍氏の個人的資質に加えて、彼の政治基盤そのものが信用できないからだ。 
 
 私は、安倍晋三氏個人に対して恨みや敵対心などもっていない。だから、彼が日本国の首相ではなく、大臣でもなく、何の役職もない自民党の一政治家であったり、政治評論家であったり、ジャーナリストである場合には、このような文章を公表することはなかっただろう。しかし、現在の安倍氏は、日本国最大の権力者として、国会における単独過半数の議席の勢いを得て、あってはならない憲法の“解釈改憲”を実際に行い、政治の監視役であるジャーナリズムに圧力を加え、日本の将来を担う青少年の価値観を左右する教科書の選定に介入してきた。このような言動の原因が、冷戦時代に生長の家が掲げた政治思想に頑なにしがみつく元幹部の“功績”にあるとしたならば、私は現在の生長の家の責任者として、「その道は、宗教的にも政治的にも間違っている」と声を大にして訴える責任を感じるのである。 
 
 日本は自由主義、民主主義の政体を選んで1世紀以上たち、その間には多少の紆余曲折はあったにせよ、これらの価値観と理想から退くのではなく、その実現に向かって前進する方向に歩み続け、今日にいたっている。この現代史の歩みの中では、わが国のみならず、世界中の多くの人々が、政治権力による弾圧や拷問、自由の剥奪、民族浄化、そして戦争などの犠牲になって死んでいった。また、自由主義・民主主義を採用していない一部の国家や地域では、現在も政治権力による弾圧や拷問、自由の剥奪、民族浄化などが行われている。人類全体が、多大な犠牲を払い、痛恨の念とともに歩んできたこの歴史の道程を軽視し、表面は美辞麗句を並べて国民を欺きながら、本心では自分たちの都合に合わせて歴史逆転を図る種類の人物がもし存在し、その人物が今の政権中枢に存在するというならば、私はこれまでの“政治への寡黙”を排して、言うべきことは言おうと思う。 
 
 読者に改めて問いかけよう。安倍首相とその側近の人々は、まず「誠実」であるだろうか? 政治家が「誠実」と言われるためには、言行一致が必要である。民主主義の制度下では、政治は議会(国会)を通じて行われる。議会は、様々な考えの人々が国民の代表として集まり、「言葉」を使って議論を戦わせる。だから、政治家の誠実さの指標としては、まず彼らの口から出る言葉が、事実を述べ、隠し立てがなく、論理的に整合しているかを見る必要がある。 
 
 この点について、6月3日の『朝日新聞』の投書欄から引用する-- 
 
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 「新しい判断」? 言葉軽すぎる 
 
 安倍晋三首相は、消費増税の再延期を発表しました。延期の是非は別として、“新しい判断”を理由に以前の約束をほごにすることなど、子どもでもしないでしょう。一国の首相の言葉がこんなに軽くていいのでしょうか。 
 ここ数年、安倍首相の言葉を聞くたびに不信感が募ります。 
  例えば、2013年の五輪招致のプレゼンテーションでは、福島第一原発の汚染水について「アンダー・コントロール」と言い切りました。しかし、コントロールにはほど遠い現状です。 
  14年11月には、消費増税について「再び延期することはないと断言する。確実に引き上げていく」と述べていました。 
 一方、安倍首相は昨年の国会で、テロ対策に関連して「国民の命、安全を守ることは政府の責任であり、その最高責任者は私だ」と語りました。私は自分の命と安全を預けることはできません。 
  間もなく参院選。私たちは、政治家の言葉に、より一層、耳を傾けます。首相の言葉の空しさを反面教師として、真実が語られているのか、ごまかされていないか、国民のための言葉なのかを聞き分けていきたいと思います。 
                     主婦 清水芳枝 (神奈川県、65) 
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 世の中には、「政治家は必ずしも誠実でなくていい」という考えの人も少なくないことを、私は知っている。現在の中国や北朝鮮には、誠実でない政治家はいくらでもいるだろう。また、戦前の日本にもそんな政治家は沢山いたであろう。しかし、民主主義という政治の仕組みを真面目に考えるならば、政治家の基本的資質として「誠実さ」が求められることは、当然である。逆に言えば、国民の代表として選挙で選ばれた政治家がウソつきであった場合、彼または彼女はどうやって「民主」を実現するのだろうか? もちろん、選挙前の公約が、選挙後に守られないことは珍しくない。しかしそれは、政治家が初めからやる気がないことを公約したというよりは、実行困難なことを知りながらも、自分の政治家としての目標や、実現したい政策を述べたと考えるべきだろう。だから、選挙で議員となった政治家は、選挙前の公約と逆方向の政策を自ら推進することはできないはずだ。(もちろん、例外的な人もいるが、その人は「政治家」の名に値しない。) 
 
 しかし、安倍首相には、そういう民主主義下の政治家としてのあるべき資質が、欠けているように見受けられる。自らの権力維持と政策実現のためには、国家の財政破綻や社会保障費の不足はやむを得ないと考えているフシがある。消費増税の延期をいとも簡単に、しかも薄弱な根拠のもとに宣言してしまった。10%への消費増税は、政党間の正式合意であり、法律にも定められた政策である。これを、「リーマンショック並の経済危機が来ないかぎり実施する」と言っていたかと思うと、G7の首脳会議で賛同を得たという口実を使って「リーマンショック並の経済危機が来ないように延期する」と、あっさり掌を返してしまったのである。この2つの言葉をよく読み比べてほしい。後者では、「前者の条件にならないように増税しない」と言っているのだから、今現在は、日本経済は前者の条件が満たされていないことを自ら認めているのである。これが安倍首相の言う“新しい判断”であるから、その内実はウソでなければ、いったい何をウソと言うべきだろうか? 
 
 このように簡単に国民を欺く人物が、わが国の首相であることを私は容認することができない。この人物が、日本の陸・海・空の自衛隊の最高司令官であることを思い起こすとき、戦前・戦中の軍部の独走の結果が脳裏をよぎり、日本国の将来――いや、今現在の日本の外交・防衛政策の危機が来ていると考えざるをえないのである。 
 
 谷口 雅宣

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2016年6月 1日 (水)

『日本会議の研究』について

 5月29日に大阪で行われた生長の家講習会で、私は「運動の変化」について話した。この話題は、講習会のテキストに使っている拙著『宗教はなぜ都会を離れるか?--世界平和実現のために』(2014年11月刊)の第1章のタイトルと同じである。この本が世に出てからすでに1年半になるから、読者の多くはきっと内容をご存じであろう。生長の家の運動が、創始者、谷口雅春先生の時代から変わってきていることと、その理由について解説しているのが、この第1章である。同じ趣旨の解説は、私が監修した『歴史から何を学ぶか--平成15年度生長の家教修会の記録』(2004年刊)の中にも書いてあるが、こちらの本は講師を対象にした硬い内容のものなので、あまり多くの人は読んでいられないだろう。 
 
 生長の家の講習会には、私たちの運動について予備知識をあまりもたない人も参加しているから、普通の場合は、ことさら「運動の変化」を語る必要はないかもしれない。しかし、平成の年号も28年を重ね、運動熱心な幹部の中にも、昭和50年代の後半まで教団を挙げて行われていた激しい政治運動のことを知らない人が増えたことを考えると、宗教と政治の関係の難しさや、両者が密着することの弊害について、生長の家の経験を通してきちんと説明するべき時期に来ていると、私は感じていた。 
 
『宗教はなぜ……』の第1章は、「宗教運動は時代の制約下にある」という事実を、戦後の44年にわたる“東西冷戦”の時代と、それ以後の変化を対比させながら明らかにした。これは言わば、マクロの(大局的な)視点からの解説だから、どうしても抽象的になった。その主旨をここで概括的に言えば「世界情勢の変化が宗教運動の方向を変えた」ということである。しかし、宗教は日常的には「人の心」というミクロの問題を扱うのである。だから、このミクロの視点からも、宗教と政治が密着することの問題について、私はどこかで具体的に述べる必要を感じていた。 
 
 もちろん上掲書が、この“ミクロの問題”にまったく触れていないわけではない。例えば、同書の20ページには、政治運動と宗教運動の両立の難しさが、次のように書かれている-- 
 
「とにかく、生長の家は、このような考えにもとづいて“大日本帝国憲法復元改正”を最終的な目標として、生長の家政治連合(生政連)を結成(1964年)し、政治活動を展開した。しかし、この運動は、生長の家の代表をできるだけ多く政治の舞台に送り出すのが目的だから、日本のどこかで選挙があるたびに、生長の家の信徒は政治運動に駆り出され、真理や信仰を伝えるのではなく、政治目標を説いて回ることになる。そのためには新たな資金も人材も時間も必要となり、宗教活動はしだいに政治活動に従属していったのである。そして、国会において生長の家が進めていた優生保護法改正がかなわず、加えて参院選でも生長の家代表候補が落選したことを受けて、1983年7月、生政連の活動は停止され、“今後は教勢拡大にむけて全力をそそぐこと”が決定された。もう30年近くも前のことではあるが、私たちの運動史の中のこの“政治の季節”に体験した高揚感などが忘れられず、その頃の運動に帰りたいと思う人々は、少数だがまだいるようである。」 
 
 ここにある「真理や信仰を伝えるのではなく、政治目標を説いて回る」という意味は、政治目標達成や選挙運動に力を入れるあまり、何が正しく、何が真理であるかという判断や、個人が抱える苦悩の救済が二の次に回されてしまったという意味である。また、「宗教活動はしだいに政治活動に従属していった」という意味は、教団の組織的活動において、宗教的なもののが後退する一方、政治的なものが優先されるようになったということだ。これは、「政治目標達成のために宗教的情熱が利用される」と表現してもいいかもしれない。宗教運動にとってこのような傾向は決して好ましくないため、第二代総裁の谷口清超先生は、昭和58年に生政連の活動停止を決断されたのだった。 
 
 ところが、この決定を好ましく思わない人、納得しない人、さらには反対する人も教団内には少なからずいた。それらの人々の中には、自らが好む政治活動に注力するために、潔く教団から離れた人もいた。が、その他の多くの人々の中には、表面は本部の方針に従う振りをしながら、陰では従来通りの政治活動をしたり、政治運動との接触を続けていた者もいたのである。教区の講師の代表である教化部長や、本部の理事(現在は参議)の中にも、このようにして本心を隠したり、“二股を掛ける”生き方を続けてきた人がいたことは、誠に残念である。なぜなら、宗教運動とは信仰運動であり、信仰には誠実さが何よりも必要であるのに、これらの人々は、表と裏を使い分ける不誠実な生き方を長年にわたって続けてきたからである。 
 
Nihonkaigi  そういう人々が具体的にどんな種類の人であり、宗教の陰でどんな政治活動を続け、何を目標としてきたかは、本部の側からは判然としなかった。ところが最近、生長の家の信仰者ではない一人の著述家が、独自の調査によって、これらを解明する本を出版した。菅野完(すがの・たもつ)氏が書いた『日本会議の研究』(扶桑社新書)が、それである。この本には、かつて生長の家の幹部活動をしていて、今は日本会議が進める政治運動の中枢にいる人が、何人も実名で出てくる。私より年齢が高く、かつ当時の生長の家の運動に関わっていた人々にとっては“懐かしい”話も出てくるが、当時隠されていた“驚くべき”話もある。とにかく、最初は門外漢であったはずの著者が、ここまでよく調べ、よく書いたと感心する。 
 
 つまり、この本には、私が『宗教はなぜ……』の本でカバーできなかったミクロの事実の多くが解説されている。書かれた内容--特に教義に関すること--のすべてが正しいとは言えないが、大きな流れは事実に沿っていると思う。そういう理由もあり、私は大阪で行われた生長の家講習会では、菅野氏の著書を紹介し、興味ある参加者に一読を勧めたのだった。本欄の読者にも、同じことをお勧めする。 
 
 谷口 雅宣

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2016年4月24日 (日)

真理を生活に表そう

 今日は午前10時から、長崎県西海市の生長の家総本山で「谷口輝子聖姉28年祭」がしめやかに行われた。あいにくの降雨のため、祭場は谷口家奥津城から出龍宮顕斎殿に移され、地元・長崎県の幹部・信徒を中心として約110名が参列し、谷口輝子先生の遺徳を偲び、御教えのさらなる宣布と運動の拡大を心に誓った。私は御祭の最後に概略、以下のような挨拶を行った-- 
 
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 皆さん、本日は「谷口輝子聖姉28年祭」にご参列くださり、ありがとうございます。谷口輝子先生は、ご存命であったならば、今は120歳ぐらいであられるはずですが、残念ならが28年前に昇天されたのであります。一昨年、この年祭にお集まりくださった方は、私が輝子先生が90歳のころに講話の準備のために書かれたメモを紹介して、「先生は信仰と信念の人であった」という話をしたのを憶えておられるかもしれません。その時にはまた、「大地震が来る」という噂に怯える人の相談に、輝子先生がどう答えられたかも紹介しました。 
 
 ご存じのように、今年は4月半ばに熊本と大分を中心とした九州地方には、大地震が起こりました。今回の地震は、最初の大きな揺れから1週間がたっても震度3~4クラスの揺れが続いているので、皆さんも不安の日を過ごされているかもしれませんが、昨年の今日に紹介させていただいた輝子先生のお言葉を、ここでもう一度、ご披露して、皆さんに輝子先生の信仰心の強さを思い出していただきたいのであります-- 
 
「不幸を恐れるより、自分がその日その日をすき間なく、完全に行動するように心懸けること。その日、その日を、怠りなく生活していると、何がやって来ても落ちついて対処して、不幸を招くようなことはない。」 
 
 --こういうお言葉でした。 
 
 常に神想観を怠らず、三正行を通して神の御心をわが心とすることを心がけていれば、大地震が起こっても、慌てずに、落ち着いて適切な対処ができるという教えでした。このように生長の家は、信仰を生活に生かすこと--別の表現をすれば、生活に表れない信仰は本物でないと考えるのであります。 
 
 ところで生長の家は、今年の運動方針から、信仰にもとづく倫理的な生活を実践するために、3つの分野で、全国的な同好会のようなものを作って活動することを始めました。これも「信仰を生活に表す」のが目的です。正式な言葉では「プロジェクト型組織」といいますが、「SNI自転車部」「SNIクラフト倶楽部」「SNIオーガニック菜園部」の3つがあります。また、「自然の恵みフェスタ」を各教区で開催して、これらの同好の仲間が育てた作物や作品を、生長の家の仲間や地域の人々と共有する活動を盛り上げていこうとしています。このような活動は、谷口輝子先生がご存命の時にはまったくなかった、と感じておられる人がいるかもしれません。しかし、輝子先生は、またその時代の大多数の日本人は、「ものを大切にする」ということは、生活信条の一つであったのです。 
 
 だから今のように、“使い捨て”や“ムダ遣い”をできるだけ避け、古いものも修理して大切に使うことは、当たり前の生き方でした。このほど活動を始めたプロジェクト型組織というものは、とりわけ「SNIクラフト倶楽部」では、今日当たり前になっている“使い捨て”や“ムダ遣い”の文化に対してハッキリと「ノー」と言い、何でも簡単に“百均”とかコンビニの店で買うのではなく、できるものは丁寧に自分で作り、それを地域の人々と共有する、という生き方を拡げていくのが目的です。 
 
 この精神は、輝子先生の時代には常識であったのですが、現代の経済至上主義の社会では、顧みられなくなっており、そのために私たちの社会ではムダなものが溢れ、廃棄物が大量に排出され、そして地球温暖化が加速しているのです。 
 
 輝子先生の著書『人生の光と影』(1972年刊)から引用します。「名人芸のこころ」という随筆の一部です-- 
 
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 私の持っている帯の中で、もはや派手になってしめる気にならないが、と言って手放す気にもならない黒地の一本があった。毎年秋の虫干しの日に、その帯は綱にかけて空気にさらされる。私はそれを眺めてなつかしい思い出を家人に語るのであった。 
 
 その帯は、生長の家のマークの図案者、山根八春先生の妹のよしのさんの作になる、柿の葉の刺繍であった。私はその柿の葉の刺繍が大好きであった。否、好きというだけでなく、その帯が私にすがり付いているように感じられるので、我が家の外へは出したくないのであった。 
 
 もはや30年以上も前だったか、私が40歳を出た頃であった。赤坂の生長の家本部で「家庭光明寮」という花嫁学校が創設された。沢山の科目の中の刺繍科の教師として、山根よしのさんに来て貰った。よしのさんは、真面目すぎるほど真面目な人であり、至極謙遜な人柄であった。その作品を誉めたりすると、いつも恐縮して、 
 
 「いいえ、まだまだ勉強中でございます」 
 と恥ずかしそうに頭を下げられるのであった。 
 
 ある日、私のために帯を一本作りたいと申出られたので、私は喜んで承諾した。それは秋もすでに終りに近い頃であった。我家の庭へ来られて、柿の樹の下に行き、持参の紙に写生をしはじめられた。まだ樹に付いている紅葉した葉、虫食いの葉、地に落ちている黄ばんだ葉、大きい葉、小さい葉、さまざまの柿の葉が描かれて行った。 
 
 それから一週間も過ぎたであろうか。よしのさんが訪れて来られた。私の前にひろげられたものは、色とりどりに染められた絹糸であった。 
 
「写生した葉の色に合わせて染めて見ました。これらの色で奥様お気に召しましょうか」 
 と言われるのであった。中年の私にふさわしく、渋く高尚な色ばかりであった。私はその帯の出来上がりを楽しみに待った。 
 
 黒地にさまざまの色と形の柿の葉の縫模様の帯が私の許へやって来た。調った葉の形もよく、欠けた葉の形も面白かった。渋い紅色も美しく、枯れ葉も味があった。私はうれしがって、11月22日の秋の記念日に、訪問着にそれをしめて、夫と二人で全身の写真を撮って貰った。 
 
 私は、私のためにとて、柿の葉を写生し、その色を染め、黒地の帯にそれらの葉を蒔き散らされたよしのさんの厚意を、いつまでも忘れられない。一つの仕事に一心をこめる人は、有合せの物で間に合わせるということはしないものだと知った。 
 
 私の女学生の頃は、日本刺繍の時間が楽しみであった。縋糸(すがいと)を半分に割って、それをまた半分に割って二本の縒糸(よりいと)を作ることが面倒くさいと思った。ちゃんと細く縒った糸があればよいなどとも思った。色糸はもちろん糸屋にあるものを買って来た。よしのさんのように、自分の心にぴったり合った色を、自分の手で染めることなどは思いもつかなかった。私はよしのさんの、仕事に対する真剣な心構えに感動した。こんな先生に教えて貰う光明寮の生徒たちは幸せだと思った。(pp. 228-230) 
 
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 これは本格的な帯の刺繍のことですが、これほど大掛かりでなくても、日常的に使う道具や小物を自分の手で作るということは、多忙な現代人の生活からはほとんどなくなってしまいました。そんな時間はないし、技術を憶えるのは面倒くさいから、百円ショップやコンビニや、デパートで買えばいいじゃないか……というのが、大方の理由でしょう。しかし、簡単に買えるものは、簡単に捨てられます。また、安価なものはぞんざいに扱われます。「ものを大切にする」ということは、輝子先生のエピソードにもあるように、本当は物質を大切にするのではなく、その物を製作してくれた人の気持や愛念、努力や技術を意識して、感謝を忘れないということなのです。 
 
 私たちは日用品のデザインの良し悪しを気にしたり、その機能をよく問題にします。私はそれを否定するつもりは毛頭ありません。しかし、その品物がどんな人々によって、どうやって作られているかは知らないし、知ろうと思ってもよく分からない。素材はどうやって入手され、原材料はどんな国から来ているか……こういうことは、現代のグローバル経済の中ですっかり見えなくなっている。そんな中で、自分が手づくりしたもの、あるいは自分がよく知っている“あの人”が作ってくれたものが幾つかあると、日用品に対する感じ方が違ってくるのではないでしょうか? また、地元の原材料で、地域に貢献しているのかいないのか分かることは重要です。「デザインが古い」「機能が劣っている」という理由だけで廃棄していたものにも、作り手がいて、自分と同様に努力し、心を込めて作ってくれたかもしれない--そういう可能性を意識することは、廃棄物を出さず、ムダ遣いをしない生き方、温暖化を抑制する生き方、さらにはすべての物は、物質ではなく、心の表現であるとの真理を、生活の中に生きることにつながると考えます。 
 
 皆さんもどうか、このような丁寧な、愛溢れる生き方を通して、地域の人々と共に、神・自然・人間の大調和した世界の実現に向けて明るく、生き甲斐をもって進んでください。 
 これをもって、輝子聖姉の28年祭のあいさつと致します。ご清聴、ありがとうございました。 
 
 谷口 雅宣

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2016年3月11日 (金)

原発と決別し「大調和の神示」の教えを生きよう

 今日は午前10時から、山梨県北杜市の生長の家“森の中のオフィス”のイベントホールで、「神・自然・人間の大調和祈念祭」が行われた。同ホールでの参加者は、オフィスに勤務する職員だけだったが、祈念祭の様子はインターネットを通じて全世界に放映された。私は同祭の最後に概略、以下のような挨拶を行った-- 
 
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 皆さん、本日は「神・自然・人間の大調和祈念祭」にお集まりくださり、有難うございます。この御祭は、2011年3月11日に起きた東日本大震災と福島県の原子力発電所の事故をきっかけにして、新しく設けられた重要な御祭です。その意義については、すでに多くの方はご存じと思いますが、この場で改めて確認させてください。 
 
 先ほどは「黙祷」のあとで聖歌『水と森の歌』を皆さんと一緒に歌いましたが、この歌の歌詞を読むと、自然界のすべてのものは「ありがたい」と讃嘆する内容であることが分かります。特に強調されているのは、タイトルにある「水」と「森」の恩恵についてです。普通の考え方では、台風やハリケーン、大雨などは、人間の生活の障害になるから迷惑だと嫌われて当たり前ですが、作者の谷口清超先生は、もっと広い視点から、こう歌われている-- 
 
 大いなる 日のちから 
 限りなく照り むら雲となり 
 台風や ハリケーン  
 大雨となり 大河となりて 
 果てしなく どこまでも  
 水は流れて やむことなきか 
 ありがたきかな 
 
 つまり、ここには、太陽の温める力で地球の表面の大気に対流が起こり、それが一定の条件下では、台風やハリケーンとなる、という科学的な分析が入っています。それだけでなく、台風やハリケーンがもたらす大雨は、大河のように陸を流れて海へ入る。この水の流れが途絶えることがないのは、ありがたいことだと感謝の気持を述べています。「台風やハリケーンもありがたい水の流れの一つだ」ということで、これはなかなか簡単に言えることではない。テレビで気象予報士がそんなことを言えば、視聴者からきっと非難の電話がかかてくるでしょう。なぜなら、台風の被害に遭う人にとっては、台風は“悪”としてしか感じられないからです。それを「ありがたい」とは、トンデモないというわけです。しかし、生長の家は、そんな現象の表面的な姿に一喜一憂せず、背後にある神の御心--実相--を直視して本当のことを言うのです。 
 
 この聖歌のあとで、私たちは「四無量心を行ずる神想観」を実修しました。この神想観のポイントは、「すべての衆生」--つまり、人間や一部の動物--だけでなく、「地球のすべての生命と鉱物の一切」に対して--つまり、植物や菌類や石ころも含めた自然界全体に対して、慈悲喜捨の心を起こすことでした。これもなかなか普通の人はしないことです。私たち人間は普通、自分の好みを優先して、人を差別的に扱うことはもちろん、同じ哺乳動物であっても、イヌやネコをそれこそ“ネコかわいがり”する一方で、ブタやウシは残酷な飼い方をして殺し、舌鼓を打って食べます。こういう自己中心的で、自分の嗜好を中心にした執着心を野放しにしたまま、さらにはそれを経済発展の原動力として称揚しているのでは、人間と自然との調和を実現することは難しいでしょう。 
 
 そのことは、神想観の次に朗読された「自然と人間の大調和を観ずる祈り」の中にも、はっきり書かれていました-- 
 
“その実相を見ず、「個」が実在であり、世界の中心であると見るのは迷妄である。「個人の損得」を中心にすえるとき、人間は自然との大調和を見失うのである。自然界に不足を見出し、自然界を障害と見なし、自然界を自己の支配下に置こうとして、自然界の機構を自己目的に改変し利用することは、愚かなことである。自然の一部を敵視して破壊することは、恥ずべきことである。” 
 
 この一節は、私たちの現在の文明のことを批判しているのです。肉体的な個人を世界の中心に置いて、その個人が自然界からどれだけ快楽を得ることができるかで、ものの価値を決めようとする傾向が強い。私は今、個人の考え方だけを言っているのではなく、社会全体がそういう動きをしていて、それを“善”だと考えている点を問題にしているのです。都市とか都会というものは、人間が「自然界を障害と見なし、自然界を自己の支配下に置こうとして」建設されたものです。だから、森林を伐採して道路を通し、“害虫”や“害獣”は死滅させて、鉄筋コンクリートのビルを建てるのです。この考え方を徹底させていくと、原子力発電所の建設と、放射性物質の大量生産に結びつく、と私は考えます。 
 
 私は、生長の家講習会ではいつも、この“森の中のオフィス”の紹介ビデオを上映するのですが、その中では、5年前の3月11日を経験して、生長の家はその時、設計を進めていた「オフィスの建設計画を大幅に変更した」というナレーションが流れます。何のことか分かりますね? そうです。それは、当初、東京電力との電力の売買によって“炭素ゼロ”を目指していたものを、この時から考えを変えて、東京電力から電気をもらわないでも“炭素ゼロ”を実現する--つまり、電力自給を目指す方向に切り替えたのであります。その理由は、「原発によるエネルギーを使うべきでない」という判断があったからです。 
 
 原発の利用は、なぜいけないのでしょうか? それは、原子力発電という技術の基本にあるものの考え方が、「自然と人間の大調和」という私たちの運動の目的に反するからです。もっと言えば、生長の家の最も重要な神示である「大調和の神示」の教えに反するからです。どうしてそう言えるでしょう? それは、大量の放射性物質を排出せずに、原子力発電を行うことはできないからです。この放射性物資は、人間のみならず、すべての生物の設計図であるDNAを破壊することがよく知られています。にもかかわらず、そういう危険物質を大量生産してでも、人間にだけ有益な結果がもたらせると信じることは、事実上、「自然と人間の利害は相反する」と信じていることになる。その考え方は「大調和の神示」の否定であり、「神・自然・人間の大調和」の否定です。 
 
 『ニューヨークタイムズ』国際版に、3月7日付で、イギリスのオックスフォード大学で核エネルギーと環境学の研究をしているピーター・ウィン・カービー(Peter Wynn Kirby)という人が、福島第一原発の事故後の処理について論説を書いていました。それによると、福島県ではこれまで、政府による放射能除染のための大規模な作業が行われてきたが、削り取った表土などの汚染物質の廃棄場所と処理方法が決まっておらず、決まる見込みもたっていないと言っています。 
 
 カービー氏は、この「除染」という言葉は誤解を招きやすく、その作業は簡単に言えば“間違い”だと批判しています。福島県で実際に起こっていることは、「除染」ではなく、「汚染の移動(transcontamination)」だというのです。つまり、汚染物質はいったん集められ、袋に入れられてから、県内のある場所から他の場所に移され、さらに別の場所に移動されている、それだけだという意味です。いわゆる“仮仮置き場”から“仮置き場”へ移されている。環境省の職員によると、最高で3千万トンの汚染土壌は結局、福島第一原発の近くに設けられた、さらにもう一段階上の第3レベルの中間処理施設に収められるだろうといいます。しかし、その施設の建設は、地主から用地買収の同意が得られていないため、まだほとんど行われていないそうです。だから現在、汚染土壌などは、風呂の浴槽ぐらいの大きさの袋に詰められたまま、福島県内のあちこちに--道路脇や耕作放棄地などに放置されたままだといいます。昨年の10月半ば、富岡町では40個ぐらいの袋詰めの汚染土壌が小さな墓地の端に置かれていて、雑草に覆われているのを、カービー氏は見たそうです。 
 
 この袋は3年が寿命なので、定期的に詰め直す必要がある。そしてこの袋は、そこから出る放射線量にしたがって置き場を移動させられます。昨秋までには、1トンの袋にして900万個分の汚染廃棄物が出ていました。トラック1台に積めるのは10袋ぐらいですから、これらの汚染物質は、ゆっくりと福島県内を定期的に循環していることになります。カービー氏によると、放射性物質から現実的、また経済合理的に放射線を出させなくする方法は、ありません。だから、汚染土壌などは、取り除かれ、他のものから分離され、自然に崩壊するのを待つしかありません。ということは、そこから出る放射能の扱いには、基本的に2つの選択肢しかない--①汚染地域の放射線量が自然に減るのを待つ、②汚染物質を隔離する--です。 
 
 人口密度の高い日本では、福島県のような広大な土地を放棄するわけにはいかないでしょう。だから、最初の選択肢はありません。すると、汚染物質を除去して隔離しなければならないのですが、汚染物質を恒久的に安全に貯蔵しておく施設はまだ存在しないのです。そこで日本の政策決定者たちは、汚染物質を順繰りに県内を移動させていく方法を採用しているのです。しかしこれは時間稼ぎに過ぎず、首尾一貫した処理方針とは言えません。 
 
 こう述べた後、カービー氏は、2つの方法を提言しています。1つは、日本政府が汚染物質の最終貯蔵施設を作る地域を半ば強制的に決定するか、2番目は、福島第一原発跡の立入禁止地域を、巨大な汚染物質のごみ捨て場として、永久的に使う決定をすることです。 
 
 福島第一原発だけでも、これほどの問題があるのですが、原子力発電所からは、どんな原発も、稼働していれば常に大量の放射性廃棄物が出ます。そして、その処分についても同じ困難があるのです。日本は、人口に比べて土地が狭く、また、火山の噴火や地震が頻繁に起こる不安定な地殻の上にあります。そんなところには、将来にわたって絶対安全に放射性廃棄物を貯蔵することなど不可能です。 
 
 ということは、原子力発電を日本のエネルギー政策の中に組み入れる決定は間違いなのです。これは、核エネルギーの専門家が、科学的、技術的見地から言っていることですが、私たちはそれ以上に、「神・自然・人間の大調和」が実相世界の構図であるとの信仰上の観点からも、原子力発電という技術からの決別を声を大にして訴えなければなりません。 
 
 この“森の中のオフィス”は、それを理論や信仰告白として宣言するだけでなく、実生活上にも具体的に実践することを意図し、今日、見事に実現させていると言えます。どうか皆さん、人類が文明的な岐路に立つこの時代にあって、多くの人々に私たちの信仰と考え方を伝え、また私たちの実生活においても、「神・自然・人間の大調和」の実現に向かってライフスタイルを開発し、勇気をもって実践していこうではありませんか。 
 
 それでは、これをもって私の挨拶といたします。ご清聴、ありがとうございました。 
 
 谷口 雅宣

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